教職員職員評価制度に対する
現場教員の意見一覧(07年12月実施) page1
○教員が自分の仕事をチエック(評価)して、資質の向上に努めることは当然のことで、そのような評価のあり方を否定するつもりはありません。また、その自己評価をもとに管理職の先生と話し合いを持つことも有益かと思います。しかし、今回の提案はひどすぎます。給与処遇と結びついた相対評価で教員を競争させれば、教育がよくなるという貧困な発想にはついていけません。このような制度が導入されれば、現場の同僚性(協力体制)は間違いなく壊れていくでしょう。
○教材研究の時間や生徒と話し合ったり相談にのったりする時間をしっかりとらせ、みんなが元気で、教員であることに誇りを感じ、教員の仕事が楽しいと心の底から思えるようにする。そうなる為の条件整備、支援、それが教育委員会や校長・教頭の仕事ではないでしょうかね。
○教員の仕事、特に保健室の仕事を評価することはとても意味のないことのように思います。私たちが大事にしていることは、そういうこととは全く違うことです。
○精神的に問題を抱かえる生徒や不登校生徒などに、どんなに時間と労力を割いても目に見える成果は現れにくい。評価を競うような現場では、そういう生徒はより一層見捨てられるようになる。
○教員同士、競争するのは嫌です。競争ではなく、協力していきたいです。
○がんばっていい仕事をしたい。でも、それを「給与のため」と見られてしまうなんて耐えられない。
○教育という営みは評価になじまない。相対評価は、教員という存在になじまない。
○相対評価で教師をランクづけすることは、評価する人に心があるのならとても苦しいことだと思います。評価する人もされる人も苦しむこんな制度はやめてください。みんなの心が壊れていく。
○自分で考えること、権力に媚びないこと、他者を尊重すること、人間であること、教育の理念はこうありたいと考えること。教師当人がそうあろうとできなくなったら…。
○教員の資質向上・学校の活性化に「教員評価制度」という方法は有効なのだろうか。試行の結果、どんな効果があったのか、試行した側は公表すべきである。試行したことによるプラス面を現場では実感できていない。
○@教育は一つの物差しで測れないので総合評価に反対します。A職場の協力体制が崩れるので相対評価に反対します。B教育の目的が歪められる給与反映に反対します。
○教育の力が弱くなり、10年後泣くのは教育委員会です。教育は先の先を考えないと後悔します。
○人間が相手の仕事。何が良い教育で、何が良くないかなど、いったいどう評価するのですか。教師が会社のサラリーマンと同じなら、この仕事には就きませんでした。
○安定しているからという理由で教員になった人はいるだろうが、人より給料を多くもらいたくて教員になった人はいるのだろうか。ましてや同僚との能力の差をあげつらわれることと教師であることはどこでつながるのだろうか。指導力が不足している人にはもう「対策」がとられているはずだ。何だか教員にあるまじき人の発想がこの評価制度を進めているようで不気味だ。
○自分が思っている評価と相違があった時、仕事に対する意欲がなくなっていく自分がこわい!それはますます精神疾患の教員を増加させることにつながるだろう。人を相手にする教員の仕事には目に見えないものがたくさんある。それをどのように評価することができるのでしょうか。
○自分の指導のあり方が良いとは限らないため、先輩方からのアドバイスと考えての評価はありがたいと思いますが、それをアルファベットでランクづけられては…それを行う管理職もかなりのストレスになると思います。そして私たち自身今でさえ外からの圧力におされているのに、内からの圧力までかかったら、どんなに強い人でもつぶれてしまいます。心の病気になっている教師の数をもう一度見直してみて下さい!!
○学校は個性のある教員で作りあげる総合的な力によって成り立っている。相対評価は教員個々の個性を否定し、上位評価者にはプレッシャーを与え、下位評価者にはやる気をうばうことになり、学校現場を崩壊させる。マネジメント感覚を疑う。
○教員の仕事は数値で表されるものでなく、相対評価できるものではない。みんなそれぞれの場面で情熱を持ってがんばっています。部活動等時間外勤務の手当には大幅な増額でお願いしたい。我々の情熱をそぐようなことはしないでください。
○相対評価で教員をランク付けするなんて乱暴すぎます。正当な評価がしたいのですか?給与の抑制をしたいのですか?乱暴な人たちからの圧力にじっと耐えなければいけないの?県教委の方々は教職員の側にたった考えは持って頂けないのでしょうか?さみしい。
○人を育てる教育現場では、様々な役割を担う教員が必要です。その役割に甲乙をつけられるのでしょうか。その総合力が、よりよい教育につながっていくのだと思います。相対評価など、あり得ないと思います。
○教職員はコマではない。「学校長の経営方針に沿って、一人ひとりがどれだけ貢献したか」ということで教員評価をすることは、全く間違った危険な考えだ。良識ある色々な教員が生徒を指導し、生徒は色々な教員に導かれて、視野を広め、豊かな人間に成長する。それが学校である。生徒を感化する人間性豊かな教員は不要ということですね。
○成績主義ともいえる、このような賃金に反映させる評価制度のやり方は、民間では破綻しています。根底にあるのは教員に対する不信としかいいようがありません。不信感を持たれた人間が協調性をもって仕事に臨めるとは思えません。
○「たくさん給料をもらっている方はたくさん仕事をしてください。私は少ないので仕事もほどほどにします。」こんな会話が聞こえてきそうです。
○「苦しい時には助け合う」この精神が大切。評価、実績を高めることを優先しないで、「今、目の前にいる生徒」を第一に考えたい。
○百歩譲って、教育効果を上げているすぐれた教員が一定報われるのは良しとしても、そのための原資を相対評価でBCDの者からSAへというのは愚挙。欧米のような教科指導中心ではなく、生徒指導、課外活動など幅広く教員集団として担っている割合の大きい日本の教育現場を理解していない愚策である。