<否定的意見>
1.現場の不協和音が生じる制度には反対です。教職員の向上心は給与への反映などとい うものではなく、お互いのコミュニケーションの中で触発されて生まれるものだと思い ます。
2.教員が目標を立てて研修を積んでその資質を高めていくことは大切なことです。そして、そのような努力実績成果を互いに評価していくことも教師集団の質を高める上で大切なことだと思います。しかし、そのようなことを給与への反映を前提とすることには、絶対に反対です。色々な歪み(教師集団を壊す可能性、出世目当ての底の浅い教育実践、評価に対する不満など)が生まれてくると思います。
3.これを2年(試行と本年と)経験してわかったことは、あたりまえのことながら「目 標」をたてることの意義、振り返ることの意義、でした。そうすることで、いろいろな 事柄が具体的に考えられるのだと思います。ただ、それをもって、評価の対象としたり、 給与に反映したりするのはおかしいと思います。それらが入ってくるとこの良さが失わ れ、いっぺんに形骸化したものに色あせてしまう気がします。
4.自分の目標を設定するときに悩みました。教員それぞれ、得手不得手があるので、個 々を評価するというより、今までどおり学校として目標に向かって、総合力で生徒を指 導する体制を整えることが大切であると考えます。
5.生徒の個性の多様性を肯定するのであれば、学習意欲の喚起の方法についても、 そ の多様性を認めなければならないはず。教育の本質は自ら学ぶ力の育成にある。生徒 が自ら学習しようとする意欲を喚起する方法に多様性があるにもかかわらず、その方法 実施者を「評価する」ということは、多様なものさし(スケール)のうちの1つを選択 することであり、それは多様性を否定する行為となって矛盾を生み出す。教育方法の多 様性を否定する方向につながる評価制度は結果として、生徒の個性の多様性を否定する ことになる。
評価制度は教員の意欲をも喪失させる。情熱をもって取り組んでいる仕事は多くの視 点から考察されうるが、それを評価するときには、やはり1つのスケールが選択される。 複数のスケールを選択したとしても、その教育指導者が最も評価されたい、スケールと それが一致しているとは限らない。このことは教員の仕事に対する熱意を大きく減退さ せる要因になる。また管理職や管理職に近い職員に対する大きな不信感を生じる要因に もなる。
6.教育に携わる1年間の勤務や仕事を管理職が評価できるような客観的評価基準は
無い。管理職が教員の仕事を全て見て、授業、生徒指導また始業から残業や持ち帰り仕 事、休日の部活動の指導も含め全ての教員の仕事を評価することなど不可能だ。教員が 評価を気にし、意見も言えなくなるのは目に見えている。教員のやる気や独創性を引き 出すどころか、学校が停滞し、建設的な学校づくりはできなくなる。さらに、給与への 評価の反映は教員間の分断や孤立や不信をうみ、やる気をなくさせる。形のうえだけの 評価制度による成果主義は企業でも破綻している。教員評価制度は害ばかりで絶対やめ てもらいたい。
7.職場を分断し、上意下達を推し進めるものであり教育崩壊が加速するものである。ベ テランの技量を若い人たちに伝えるシステムが崩れていくのみ。何らメリットはない。
8.教職員の勤務を管理職が評価するのは、あたり前といえばあたり前であるが、そのこ とと資質が向上するかどうかはまったく無関係である。目的と手段が合っていないこと が何故わからないのだろうか。
9.自己評価することには意義があると思いますが、給与評価に結び付けるには百害あっ て一利なしです。働いている人に多く報酬は与えられるべきならば、手当てを厚くする べきだと思います。
10.教育は売り上げや利益と無関係なので数値を評価することは難しい。チームワーク やグループや分掌で全体で成し遂げることに意義があるから学校評価のみでよい。教員 評価反対。教育をこれ以上悪くしてはならない。
11.評価する方の人間に問題は無いのか疑問が残る。本当に、これで教育がよくなる と思っているのでしょうか。
12.何らかの方法で教職員自身ががんばりたいと思う環境づくりは必要であろう。また、 教育にはある種の大らかさ、「長い目」が必要である。いかにも経済界主導の効率主義 によって、アカデミズムが壊されていくのであるのであろうという懸念を持っている。
13.他人から評価のための努力、給与改善を目的とした努力というものは、目的が生徒 そのものに向かない傾向を生むと思う。仕事をする上でのやりがいというものは、仕事 本来にあるはずで、そこに評価が伴ってくると、そのために勤労意欲がそがれたり、努 力の目的を数値目標に向けがちになる。
14.教育現場を混乱させるだけ。学校の活性化をもたらすことができないばかりでなく かえって学校の機能を麻痺させてしまうことが予想される。
15.教育活動は教員個々人の力量を前提としたものでなく、教員集団のまとまった力量
が求められていると思う。このような「教職員評価制度」は現在の教育にはなじまない。
16.教職員の労働意欲が低下し、教職員間の人間関係を悪化させる。教育の質すら低下 させる制度なので導入すべきでない。
17.やってはいけない制度であると確信する。
18.教育現場では、公平な評価が難しい(成果主義は生産現場に限るべき)。
19.評価が気になり、良い意見も出にくくなると思う。
20.管理職(2人)で60人からの評価が十分できるのか。
21.公平に評価できるとはとうてい思えないが、それが給与等に反映されるとなると、 とんでもないことになる。目立とうとして馬鹿げた方向へ張り切る人たちの様子が目に 浮かぶ。
22.能力のない管理職が多い中、管理職による評価には疑問、その前に教員による管理 職評価をすべき。
23.今回のように無計画に、押し迫ってから面談をしたりするようないい加減なやり方 に疑問と憤りを感じます。(本校では1学期に評価シートを提出したまま何事もなく、 1月になって突然、教頭の授業参観と校長による面談が提起された)
24.生徒に向ける目が、評価ばかりを気にするようになり、おろそかになると思う。
25.今まで評価していなかったのに、突然評価してどんな評価ができるのか、しかも給 与に反映できる評価ができるはずがない。
26.評価制度が教員の資質の向上とどのような形で結びつくのか疑問。生産性を上げて いる会社と教育現場の違いを十分に把握した方法なのか,疑問に思われる。
27.業績評価は学校全体の教育目標にたいして,どこまで個々の教員が達成したか,と いう観点に立つはずである。全体の目標が具体的に示されないまま,どこに指標を求め ればよいのか。拡散したままの曖昧模糊状態では意味がない。
28.公正に評価ができるか疑問。
29.やめたらいい
30.教育にはそぐわない制度のように思う。
31.評価されることで向上心が出てくるような人は,教員に向いていないと思います。
32.管理職の資質にも疑問もあり、公平な評価そのものが疑問。本来の教育活動に支障 をきたす。
33.余分な雑務が増えるだけで、意味を感じない。
34.主観をいれずに、評価が適正に行われるか不安である。
35.やめていただきたい。
36.制度そのものが必要なし。
37.目指す先が不明
38.あまり意味のない制度だと思う
39.教育は共同作業であって、個人で完結するものではない。教職員評価はチームワー クを破壊し、教員にさらなる雑務を負わせるだけである。
40.生徒の成長・発達の支援は、生徒たちに対応してすぐに結果が出るものではない。 もっと長い目で見ていくべきもの。こんなんでよりよい発達の保障ができるのか!(怒)
41.管理職にとっても無用な仕事を増やすだけだと思う。ただでさえ雑用におわれてい るのに、これでは教育という本業ができなくなってしまいそうです。多大な時間を割い て(泰山鳴動して)成果はほとんど得られない(鼠一匹)のは火を見るより明らか。
42.教育の質を高めるという、組合・管理職の共通の目標に反する制度である。
43.マイナス面が多いと思うし、特に給与への反映は、日本の教育を危機におとしいれ る可能性がある。
44.これで資質の向上はのぞめないと思う。それよりも授業参観(保護者による)を取 り入れるなどした方が、保護者にも理解が得られ、教員の資質向上にもつながるかも。
45.教員の仕事に対する評価はある程度必要であるとしても、厳密に公正に評価できる ものではないし、どうしても主観が入る。無理に客観性をということで評価基準を数値 化しても、それは教育の目に見える部分の評価にすぎない。これを給与に反映させるの は、もっての他である。
46.やめるべきである。
47.管理職が教員ひとりひとりを公正に評価することは不可能である。教育現場に成果 主義は、そぐわない。ただちに、やめるべきだ。
48.管理職における評価に疑問です。
49.こういうことをすると学校は崩壊する。
50.競争原理は教育現場には馴染まない。
51.何のための評価なのか、個人を切り離して評価できるのか、疑問が多すぎる。
52.給料の差で教員のやる気を出させようとする考え方は、利益追求の民間企業の発想 であり、教育者の長たるものの発想ではない。
53.即やめて欲しい。
54.管理されていると感じ、ストレスを感じる。
55.何を評価したいのかよく分かりません。文書を書く仕事が一つ増えただけです。
56.民間企業で失敗した制度を持ち込まないでほしい。
57.現在の校長を見ている限り、職員室にいない。職員とコミュニケーションを取らな い管理職に正当な教員評価ができるとは思えません。
58.安易な方法でYESマンが評価されるようになりやすいし、職員間の協力体制が薄 れると思う。
59.他県、大阪府では「評価制度導入」がうまくいっていないと思いますが。
60.教員評価自体が間違いなので、評価結果の本人開示には答えられない。
61.必要ない。
62.教育の目的が明確でないし、現場では、大学合格率や生徒管理(服装出席率遅刻防 止)、部活動成績など、目に見えるものしか評価されない。
63.評価による活性化は教員への脅迫で、その前提として教員がさぼっているという認 識が問題。
64.必要ない
65.現場の意見を十分に吸い上げた上で検討しなければ、今までの良い点が消されてし まい、マイナス(面)効果が大きくなるのではと思われる。
66.やめて欲しい
67.評価シートの記入に多くの時間をとられてしまうため、教員の負担を増加させてい ると考えます。
68.意義などが教員一人ひとりにしっかり認識されていないのではないかと思う。
69.やめましょう。
70.教育の場に競争原理を持ち込むと、生徒を出世の道具に使う教員が増え、教育はま すます荒廃する。中日新聞のいじめ隠しの記事に象徴的に表れている。
71.私はお上の評価よりも、親と子からの評価をもとに行動しています。
72.組織論として全て働く人ばかりの組織はあり得ない。いろいろな人がいてこそ組織 が成り立つ。評価は生徒や組織内の人が自然とするものであり、それを制度によって評 価するまでもない。
73.教育は車を製造することとは違う。全く筋違い。不必要。
74.面談をして適正な評価がされるのであれば良いが、現段階では、そうなるとは思え ない。
75.校長が一人ひとりの職員と面談をする機会を作るようになったことはいいが、多く の人の関わりの中で成り立っている教育活動を一人ひとりの教員評価シートでやること には無理があると思う。
76.教員同士がお互いの授業を見合うなどでの研さんではなく、管理職が全体の給料を 下げるための制度は、必要ないと思う。
77.多くの教員は、生徒のためと思い、ボランティア精神を持って現場で働いている(残 業なども含め)。その気持ちがお金に換算されるようなことになると、やる気をなくす 者が増え現場は混乱をすることが明らかである。公立高校をだめにするつもりですか? 冷静に考えてください。
78.ゆとり教育が、現場の声を無視したことにより見直しを迫られているように、この まま現場の声を聞かずに行って、一番被害をこうむるのは生徒たちなのですよ。誰が責 任を取るのですか?「角を矯めて牛を殺す」ですよ。
79.行う意味を全く感じない。行うべきでない。
80.職場の分断をもたらす。競争している教員を見て良い子供は育たない。
81.管理職も我々も、この制度のためにかなりの時間を要します。このエネルギーを本 来の任務のために使いたいと思います。
82.必要ありません
83.必要なし!
84.評価の基準や方法にも課題がある中、評価を給与に反映することは職場に混乱を招 くだけです。
85.管理職による評価は、管理職側に問題がある場合や、考えが合わないなどがあった 場合、正しく評価されないと思われる。また、管理職の目が気になり、のびのびと仕事 が出来ないと思う。
86.やめて欲しい。
87.評価制度よりも、基本的な教育条件整備を進めて欲しい。
88.日本の教員の活動面、能力面は多岐にわたり、12面だけで判断しようとするのは不可能であり、無理にそれをやろうとすると、教員の活動じたいが狭められ、有能な人材が教員にはならなくなる。
89.上司に気兼ねする教師が増え、教育現場の活性化には逆行する。
90.実態に合わない制度だと思う。
91.横並び意識が強くなり、新しいことをやろうとか生徒の側に立って考え行動するといったことはできなくなるだろう。教育にはそぐわず。企業ではあるまい。
92.それぞれの学校の特色があり、一律に評価するのは難しいのではないかと思います。
93.よっぽど極端な場合を除き給与に反映すべきでない。
94.教員の“力”は、対生徒に対して仲々発揮されたかどうか、特殊な仕事であるから評価しにくい部分が多すぎるから、表面的なこのような方法はなじまない。むしろ自分の給料はこれだけの仕事をしたからほしいと自己申告させて、それを査定して決めては?
95.仕事量が増えるだけで、生徒と接する時間が減るだけで成果がみられないので、やめて欲しい。もっと生徒と接する時間の確保などの対策を希望します。
96.どんなことをしても適正な評価ができるとは思えない。評価を意識して皆個人プレ ーに走り、チームプレーができなくなっていくのではないか。教育にとってマイナスで しかありえない。こんな無駄なことにお金や時間を費やしたくない。
97.学校の中にあって高評価を受けたい、(自分だけ)高賃金を得たいという教職員は 志低い人間であり、学校全体にとってむしろマイナスの存在でしょう。そんな人たちに 大切な教育をまかすことはできません。
98.この制度はやめるべき
99.成果主義は教育現場にあわない。家庭に成果主義をもちこんでも幸せになれないの と同じ。
100.教師の仕事は、単純に評価することはたいへん難しい。また職場の連帯感のため にも給与に差をつけることは望ましくないのでは
101.成果主義賃金の導入だと思うが、すでに民間で破綻していることを何故やるのか 理解できない
102.教育の場には制度そのものがそぐわないので是非やめてほしい
103.良心的な教員ほど勤労意欲を喪失させる制度である
104.使命感や協調性など簡単に評価できるものではない。教員の資質の向上のために は働きやすい職場環境や研修時間の確保などを整える方が必要なことではないか。よほ どの問題教師なら別だが、一般的教員であるなら、評価をもちこんでも意味がない、ど ころか、働きにくさを増すだけだと思う
105.教師という仕事は、自己責任で自己評価する仕事だと思うし、唯一評価できる人 があるとすれば、生徒(親を含めて)ではないかと思います。又、同僚についても、あ る意味でチームワーク性のある場合に限り、お互いを評価することもあるのではないか と思います。
106.世論を操作し、給与を低く押さえるための方便を考えている。
107.各学校のおかれている状況が一律でない中で、管理職による主観的な評価が給与 に反映するという考え方そのものに合理性がない。評価制度をするなら教員の時間外の 活動(補習・部活動など)に正当な手当をすべきである。本校では現段階でも十分競争 を強制される状況に置かれている。
108.給与反映を前提に考えると、校内格差・学校間格差が部分的にでも表面化してく る気がします。給与反映はプラスマイナスでなくプラスオンリーなら多少認められる考 えを持っていますが、評価の規準等非常に難しいと思います。いや、むしろ「できない」 と思います。
109.個々人の目標を立てる必要性と管理のために上から評価する事とは水と油だ。
110.評価でランク付けされている教員が生徒をランク付けするなどシュールな世界だ。
111.教員の仲がぎくしゃくした関係になっていくように思える。生徒に目を向けず、 評価にこだわった行動をとる気がする。
112.民間の会社などとは全く違う仕事であり、現場での大変さ、難しさ(苦労)は評 価できるものではない。
113.教育に成果主義(功利主義)はふさわしくない。教師と子供を統制することにな る。反対。
114.不要なもの
115.不必要
116.いりません
117.本来、数値では表せない教育の成果を評価しようとすることに無理がある。教職 員評価は、やめたほうがよい。
118.問題が多いのでやめるべきだ。
119.正当に評価されて給与等に反映されるなら構わないが、評価の基準はあってない ようなものだと思うので、「教育」に対して評価すること自体が難しいと思う。
120.もしこれが給与に反映されるのであれば、自分はクビにならない最低の評価で一 番低い給与でいいので仕事はしないでおこうとか、こんな難しい仕事はボクのようなラ ンクの人間にはできませんと言おうとか、ついつい考えてしまうのは私だけですかねぇ。
121.教員組織として立ち向かわなければならない問題が山積しているのに分断するの は逆行です
122.「評価制度」がうまく学校現場で機能するとは思われない。上からの評価はマイ ナス面が大きい。結局管理手法としての意味しかない。
123.教育活動は学年団・分掌などのメンバーが協力しながら一つ一つの行事を成功さ せるために協力をし、効果を高めています。各個人の評価を重視し、給与に反映させる ならば、従来までのよき関係が壊れる可能性が高い。
124.制度自体に無理がある。
125.評価を上げる仕事に片寄り生徒のためになる仕事ができない。数字がひとり歩き してしまう。
126.民間で、業績アップのために競わせて成績主義賃金を導入したところは破綻して いるこの方式を、なぜ強行に導入しようとしているのか、わからない。
127.評価よりも平等。
128.管理職におもねる教員が増えてくるに決まっている。
129.絶対反対。
130.教職員評価制度必要なし。
131.スタンドプレイが多く、まじめな人はますます損をすることになる。
132.廃止を要求する。
133.「給与」と「学校の活性化」が相互作用しているとは考えにくい。
134.自己評価を第一に考え出すと、教員間の協力体制が崩れ、教育全体にとってはマイナスになる。
135.上司の顔色を伺うような教員が生徒の教育はできない。
136.断固反対すべきである。
137.ただでさえ多忙化しているのに、これ以上余分な書類作成等の仕事は増やしてほしくないし、本来の仕事に使うべき時間が削られる一方だと思う。
138.廃止すべきです。
139.教えるということは結果はすぐでない。教員がキューキューしていては、生徒の指導ができない。
140.評価が評価する人の好みになるのでは。
141.このような方で評価する必要を感じません。
142.管理職が評価することは問題。職務内容が評価対象に向いていない。
143.評価は目に見える数値にたよることが多くなりがちである。子どもの教育はその 場だけよくみえればよいということでは将来の展望は開けない。特に評価を給与に反映 させることは、子どもにとってよい結果を招かないので評価制度に反対です。
144.一人一人の目標を明確にするのはよいが、給与反映はダメ。
145.人物を評価するためには一人ではなく多くの人たちの評価でなくては多面的な評価ができない。管理職による一面的な評価で給与に反映されるのはまっぴらごめんである。
146.管理職が本当に正しい評価ができるのかが疑問。
147.反対です。
148.ただちに取りやめるべきだと思う。
149.教育は子どもの成長を援助し、保障することを目的としたものであり、文字通りの成長途上にある人そのものを対象とした職務である。子ども一人一人に個性があり、その子に合わせた指導が必要になる。また、現実に悩みや問題を抱えた子どもの指導は極めてプライベートな事柄であり、相談内容を含め必要なサゼスチョンもまた同様である。事柄により問題の解決を図るために学年の同僚。分掌等の協力を得るとしても子どものプライバシーを守ることは教員の職務である。こうした教育の性質上、同じ指導であっても子どもの個性や状況によって有効な場合もあれば、逆に無意味な場合があり、時として子どもの心を傷つける場合すらあり得る。均一的な評価そのものが不可能であるといわなければならない。昨今文科省や教育委員会は、熱に浮かされたように成績主義や評価主義を導入しようとしているが、“均一”で“良質”な“もの”を効率的に生産するための生産現場の発想を総人件費抑制のために転用しようとすること自体が無謀であり、いかに教育を知らないかを物語っている。すでに国際的にも破綻した教員評価制度をさも目新しい改革のように表現するのは現場の教員を愚弄するものであり、そのあざとさには辟易とさえする。官僚は教育をもっと研究すべきであり、教育委員会の教育職にある職員は、一人の教員として自らの良心に基づき率直に発言すべきである。教育は目先の仕事や出世の道具として語られてはならない。事務局の職員には一人の教員として、また人の子の親として自分の子どもが、どういう教育環境で育つのが望ましいのをよく熟慮して発言願いたい。
・欠かせない協力体制を崩壊させる元凶となる。
150.職場のチームワークを乱し、やる気をそぐ。主任の引き受けてがいなくなる。こ んな制度は絶対に廃止すべきだ。
151.分掌主任を経験すると、確かに現の待遇に(手当てがつく主任とつかない主任で) 不公平感を感じることがあります。特に生徒会主任などは超多忙でも、手当てはつきま せん。しかし、今回の制度では「活性化」につながらないと思います。逆に意欲が減退 するだけだと思います。
152.アイフルを見習い廃止しましょう。
153.職場、教育が壊れる。「偽装」教育が横行する。
154.アイフルの教訓を生かせ。
155.百害あって一利なし。
156.教職員評価の試験段階で「資質の向上」があったとは聞いていない。試験段階で 失敗しているものを強制的にやっても結果はでないと思う。
157.資質向上についての考え方が、夢か現実か程の違いがある。人間(社会の基であ る)か仕事(言われただけの)か、、、、
158.一部の人だけの給料が上がり、大多数の人々が今よりも給料が下がるのはおかし いと思う。
159.事務処理が増えた。
160.教員の評価は、短期の評価票などでわかるものではない。本当を言うと実に長い スタンスで考えられるものだし、こういうものによっていいことは何も生みださない。 それより何より教員の自由度がなくなりつつあることのほうが問題。
161.やめるべきである
162.必要ない
163.まず、評価制度について管理職からの説明はほとんどなかった。数値目標の重要 性についての講演のあった研修会についても、そこで配布された資料の一部が配布され ただけ。予算の無駄遣いと思われてもおかしくないカラー印刷のちらしと、明白な間違 いがある手引きをみて評価シートを書くように指示されただけである。校長による面接 は1回。しかも2学期にはいってから。目標についての「ご指導」はなかった。目標の 設定にあたっては自らの課題と学校の方針との兼ね合いも検討すべきと思われるが、そ んな話もなかった。これで評価されるのかと思うとやりきれない思いでいっぱいである。
今の学校教育をめぐる風潮と政府の教育行政のあり方を検討してみると、今日の教育 の課題は、すべて現場の教職員の責任のようにされている。はたしてそうだろうか。空 調や照度、チョークの粉、机や椅子など教室の学習環境の整備さえ十分にできず、現場 をかえりみないで学習指導要領の改訂を行って学習内容をゆがめてきたのは、教育行政 そのものの問題点ではないだろうか。
そして、教員評価制度の導入によって職場に混乱が起きたとき、その責任は誰がとる のかはっきりしてほしい。国からの指示でやっているので、責任は県の教育委員会には なく、国にあるのか。
164.必要ないと思う。
165.評価制度の導入が、教員資質の向上や学校の活性化につながるとは考えられない。
166.いつも校長室にこもっている校長がなぜ評価できるのか。生徒の活動を見てもら いたいので「議会を見にきて下さい」と言っても一度もこない。生徒会活動が評価項目 なのに。
167.この制度学校現場を良くするとは、絶対に思えません。
168.教員の仕事に評価をつけることは、教育をゆがめる危険が大きい。とくに管理職 がどれだけ我々のやっていることをわかっているかには疑問がある。
169.教育は一人一人の教員がどっしりとかまえて、本当に生徒の現在や将来のために なることを行うことが大切である。外部の声にまどわされない能力と責任の自覚が必要 である。
170.何のための評価制度なのか?たんなるアドバルーン作りではないのか。教育の本 質と全くかけ離れてしまっている。アベやイブキがいらん事をいうたびにますます悪く なっていく気がする。
171.百害あって一利無し!
172.学校現場がますます困難になる。協力支援体制がこわれ、生徒への悪影響が心配 である。
173.絶対反対!
174.管理職が職員の個性や働きぶりを把握するのは当然だが、それはよいチームの組 み合わせを考えるためであって、能力の上下を決めるものであってはならない。
175.単一の価値観を教員に強要することになり、教育の多様性が求められる時代に逆 行する。経済成長のみを考える価値観ではいけない。
176.教員のモチベーションが上がるとは思えない。
177.評価されるために働く教員が増えて、教育本来の目的があやふやになってしまう のではないか?
178.教育が「いじめ」など様々な問題があるのに、こんな方法で教育の改善ができる とは思えない。「教育とは何か?人間を育てるとはどういうことか」そのために教師は どうあるべきなのかを考えていないと思う。理想の高い教師が必要です。
179.県教委は即刻撤回せよ。
180.今の方法では、教員の資質向上や学校の活性化にはつながりにくいと思う。
181.学校での活動が誰に対して行っているのか解らない。本来の目的を失った仕事ば かりが増えているような気がする。この数年どんどん仕事への意欲をそぐような動きが 強くなっている気がしてならない。.
182.以前には思ったこともないが、近年、経済的に可能ならば(家族が養えるならば) 早期に退職しても・ ・・・と思うようになった。やりがいのある仕事として、教師に なり、それなりに頑張ってきたつもりだが、なんでここまで教師が悪者にされ、たたか れるのか虚しくなってしまう。圧倒的多数の教師はそれぞれの現場でそれなりに頑張っ ている。より責められるべきは教育行政でしょう?現在の教育を取り巻く意図的な動き が加速された先を考えると恐ろしさを感じる。
183.諸悪の根元。民間ですらすでに廃止しつつある制度を今更導入することに強い反 発を感じる。すでに職場が少しギスギスし始めたように思う。子供達は敏感に大人の教 師の雰囲気を感じ取るだろう。子供のためにある教育の場で、子供のためにならない事 をする不自然さをなぜ教委は解ってくれないのか。大人・教師の『心』に余裕が無くな ってしまったら、子供に本当に大切なことを伝えられなくなってしまう。「いじめ」を なくせないのも教師が子供をしっかり包み込んでやれないからなのに。失望感・絶望 感に日々さいなまれている。
184.人間を定量的に評価するのは難しいことだと思います。
185.何を持って評価出来るのか、教員に対しては出来にくい。目に見えないところ
の評価をはたして管理 職が出来るのか疑問である。
186.教育制度や教委・管理職の方向が転変するのではと言う危惧を抱かせる現況であ
り、建前としての目標啓示を掲げ、評価すること自体に意義を感じない。
187.謙譲を美徳として育った私には、自己評価でまかり間違ってもAはつけられない。 CやDになるという現実の前では、評価は意味をなさない。
188.教職員の大方の理解がえら得ていない段階では、現場にいい影響をもたらさない と思われる。
189.無駄!
190.不必要。意味がない。
191.教職員の負担が大となるだけ。
192.特に必要なし。
193.くだらん。指導力のない管理職に評価されたくない。
194.教員を評価する前に、管理職の評価を全職員に公開してほしい。教職員の仕事を 評価はできないと思う。教育という場の評価基準は何か。仕事以外も含めて、管理職に 気に入られているものが高い評価になると思う。
195.この制度は必要ない。評価があることによってかえって隠す体制ができたり、教 員同士の悪い意味での競争になりかねないと思う。評価を気にして、意見を言いにくく なり、最終的には子どものためにならないので制度導入には反対。
196.職場の人間関係をずたずたにするだけで何の役にも立ちません。こんな制度より、 子どもたちが夢のもてる教育でできるのか等々、やるべきことはたくさんあります。絶
対反対!
197.失敗を恐れて保守的になり、新しいことに取り組もうという意欲がなくなるので はないか。
198.チームワークが必要な障害児学校ではかえってそれを阻害することになり、反対 です。
199.具体的な目標というけれど、教員の仕事は多岐にわたっているので難しい。
200.形式的に行われ、実際の教育活動に役立つとは思えない。
201.五月の忙しい時期に書類を出すのは大変でした。
202.絶対反対、評価の結果について詳しく説明すべきだ。
203.人事の懇談とかねるのは言語道断。校長は、何を考えているんだ。
204.シートを出さないのも意思表示である。学年や関係のところできちんとねらいは 持っているし、校長に出すためにやるのは無駄である。こんなことより職員の心のケア をせよ。
205.以前、勤評を給与に反映させる、同じような事を行っている職場にいましたが、 教員の目を向ける方向が、生徒ではなく、管理職の方を向いてしまっていました。さら に労働時間の管理をタイムカードで行っており、長くいたらよく働いたという評価にな っていました。教員の仕事はものさし(評価基準)で計ることのできない場面が多いと 思い、給与面で差をつけるべきものでないと考えます。教員評価も、管理する側が作れ ば、管理者側の思うとおりの形でシステムができあがり、結果的に不必要な管理強化と つながります。
206.資質向上、学校の活性化のために目標をたてたり、どうすればよいかなどの意見 交換は管理職と行ってもよいと思うが、給与への反映は必要ないと思う。教育現場に給 与の反映はそぐわない。難しいと思う。
207.“人を育てる”という教員の仕事を段階、あるいは数値で評価することはそもそ もできないと思います。○○大学何人合格、遅刻ゼロなど数値を意識し過ぎた指導にな ってしまわないかとても不安です。
208.教員を評価するのは生徒であると思う。そこを無視しているこの「教職員評価制 度」は、教員にとって働きづらい環境をつくってしまうのではないか。反対です。 209.教育活動について各教員が目標を持ったり、その目標に沿って反省したりするこ とはあっても良いが、それを個人対管理職で行うのでなく、教員集団の話し合いの中で 行うべきと思う。
210.自己評価という点では、いろいろ反省したり、今後の課題課題ををもっという点 で各人が再確認する材料として良いと思うが、それでとどめるべきである。
211.評価する人間に問題あり。決して公正な評価ができる人物とは思われない管理職 が、最近は特に多い。民間のように、管理職への評価を早急に取り入れるべきである。
212.平教員による管理職への評価もさせるべきである。
213.評価を行うなら客観性や妥当性が必要だと思うが、現行の評価制度はあまりにも お粗末で、噴飯ものの恐れなしとしない。
214.職場に無意味な差別化をもたらす制度に反対します。
215.導入には、絶対反対である。教育における「創造力」・「想像力」、生徒への共感 など、評価制度はすべてにマイナスに働くとしか考えられない。
216.職場を分断する評価制度は、全く受け入れることはできない。数値目標は、職場 の協力体制を壊す。
217.管理職が正当な評価をしてくれるとは思えない。
218.必要ないと思う。教育の現場にはそぐわない。
219.「評価 → 給与」はするべきではないと思います。
220.悪制度以外の何ものでもない!県教委がアンケートを拒否する“意味”が見える 気がする!
221.数値目標化できないものを無理にやるのはおかしいし、結局、達成可能な目標設 定が増えて、かえって業務が不活性化する。
222.教職員の協力・協働を破壊するような制度は、絶対に導入すべきではない。
223.公平な評価がされるのかは疑問。管理職の主観的な判断になるため、不安。
224.人間関係がうまくいかなくなるのと、人間関係があってこそ成立するものである と思う。
225.不当な評価がなされないよう、お願いしたいものです。
226.評価する前に、環境整備等やるべきことが、まだまだあると思う。管理職の姿勢、 価値観にも大きく左右されがちである。(懸念)
227.やらない方がよい。
228.管理職を我々教員も評価したい(特に校長)。現場見てない教育長に評価は無理。 パワハラの危険性が高い。
229.バカなことはやめて欲しい。
230.進学実績のみが問われる予備校ならともかく総合的な人間力を問う公教育の場で この制度がなじむか否か疑問です。
231.教育現場においては、有害なシステムでありまったく必要性を感じない。
232.反対。
233.評価制度は校長、そして県教委の意向をうかがってそれに迎合するだけの教員を 生みだすことになり、職場に混乱をもたらす。生徒に、多様な価値観では無く特定の決 まった価値観を押しつけることにもなっていくからやめるべきだ。
224.秘密に自分の事を評価し、それを知らせないのはおかしすぎる。
225.評価をするよりも、教職員のやる気を引き出す環境整備をしていただきたい。
226.「評価する」ということが根本的に教員には適さない。
227.やめるべき。評価制度で学校が良くなるとは思えない。
228.管理職が教職員を評価などできないと思う。また、できるような評価は意味の
無い評価だと思う。
229.同じ基準で公正に評価されるなら意味があるかもしれない。が、しかし、直すべ きところがあるなら口頭で注意すれば済む問題が多いと思うので、なぜ評価して、決め なければならないのか分からない。教員に長短があってはいけないという事なのか?「精 神疾患があるとか、生徒と問題を引き起こすとか、重大な欠陥がある者を採用しなけれ ばよい」という問題では無いのか?
230.給与カットが目的であるなら、評価と切り離してカットすればよい。
231.評価制度によって学校や子供達の為に本当にいいのかよくわかりません(ママ)。
232.教員の評価は数値などで表すには難しい。こんな制度はやめるべきである。
233.現場におけるチームワークを乱す物と考え、実施には反対します。
234.管理職が評価するなら、毎日すべての教諭の授業を見て、早朝から最後の教諭が 帰宅をするまで学校にいるべき。
235.自分の仕事を見ている、信頼できる人に評価されるべきだと考える。
236.給与への反映を前提に考えるべきではない。
237.客観的な評価基準が必要であり、すべてを評価することは不可能である。
238.本制度は、生徒と接する時間、教材研究の時間が減少することにつながる。書類 作成の加重が増加する側面がある限り、負担>効果という図式の解消はできない。
239.教育現場に成果主義はなじまない。
240.あまり良い成果が出るとは考えにくい。
241.教職員の協力、教育を共同でやることにそぐわない。
242.現場の教員は役所のために仕事をしているのではない。
243.資本の論理(しかも失敗している)を教育に持ち込み、混乱させるなど論外!
244.教職員個々の活動をくわしく、授業の様子、生徒との対応、親との対応などほぼ すべて把握できる暇と力量が校長にはない。
245.何を評価するか、同じ目的にも数々のアプローチがあり、長い目で見てよい方法 は評価されにくいが必要だ。学年団でのいろいろな先生の協力した指導が必要だが、協 力し、大変な労力を払っても、その子の担任でなければ評価されない、などであれば、 優先順位が低くなるかもしれない。誰もみていなくても良心に従って「誠実に」という 美風がすたれてしまうかもしれない。アピール上手も大切ではあるが、それだけがうま くて給料が良いというのは解せない。今のところ量のみの評価で、質の評価がなされて いない。何の意味もない。評価制度とは結局、給料総支給額を抑えるためのもので、学 校をよくするものでは決してない。
246.評価の対象になる目標に縛られ、職員間の協力が減少するのは明らかである。
247.改悪制度であり、全く必要性を感じない。評価作成など無駄な時間が増えてしま い本来の仕事が捗らない。
248.営業成績のように目に見える成果が出ないのが教育のはず。人間形成をどうやっ て数値化せよと言うのか分からない。
249.形式的な感じがして意味がないと思う。
250.企業で実施した結果、退職や自殺者が増加し、職場の団結がなくなっている。企 業の結果を重視し廃止すべき。
251.教員間協力やバランスのとれた仕事の妨げになりそうです。
252.管理職による評価はすべきではない。
253.ただでさえ多忙なのに、この制度導入によりさらに多忙になった。即刻やめても らいたい。給与への反映などもってのほか。
254.給与に反映させるべきではない。もっと議論すべきで、教育に繋がらない。やる べきではない。
255.反省も無く、自己の利益を追求し、不都合を他の教員に押し付けて平気な教員や教員の集団が得するだけだと思います。
256.職務専念義務があるのにそれを守っていないのかということなのかと思ってしまう。また、生徒に目を向けるべきが制度によりそうでなくなる可能性もあるのでは。外からの見かけを良くしても何の良いことがあるのかわからない。
257.時期尚早である。
258.「給与への反映」という前提がなければよいと思うのですが…。
259.今やろうとしている「教職員評価制度」は学校の活性化や教員の資質向上に繋がらないどころか、教職員の分断をもたらすことになるので、やるべきではない。
260.強いられる形で「自己評価」の設定やら、「自己評価」をして何の意味があるの
だろうか。個々のプレーでなく、学年/担任/分掌などのチームワークでとりくみ、評 価し、される関係でなければ、喜びも働く意欲も湧いてこないのではないでしょうか。 シートを記す(とりくむ)のは無駄な時間を費やすことだし、作文することはつまら ないことで神経をすり減らすことだけです。給与や処遇、人事に影響(反映)されれば、 人間関係が歪み、学校が腐っていくことまちがいなし、と思います。
261.公平な評価基準ができるまで、もう少し慎重に議論すべきではないか。
262.教員は個々計画し、実行し、結果を得ることができるが、補助をする立場の者は
教員に左右され、その中で計画/実行するしかない。だから、均一的に評価しないでほ しいし、できないと思う。
263.やめるべきである。
264.評価のプレッシャーがある。やはり気になる。
265.管理職が的確に全教職員を評価できるとは思われない。
266.制度自体が不必要
267.校長面談の話の中で「B+からA−あたりでしょうか」と言われました。唖然と し、不愉快でした。
268.害あって益ない制度。何とか阻止したい。
269.この制度が教員の資質向上を目的とするのであれば、あくまで自己評価にとどめ ておくべきであり、校長はアドヴァイザーとして振舞うべきである。万が一、この制度 が教員の給与に連動するということになれば、職場の共同性、職員の協調性が損なわれ、 学校現場が荒廃することになるでしょう。
270.教育の現場にはなじまない制度であると思う。
271.事務的仕事が増えただけ。
272.実施すべきではない。本来の目的とは異なる部分で影響が出ることが考えられる。
273.百害あって一利なし。校長の発言に「やるからには意味のあるものに‥」とあっ たが、まるで分かっていない。やることを前提に発想することしかできないのか!!! 怒り!!
274.民間企業でも破綻しているものを学校に持ちこむのはもってのほか。
275.(県は)学校現場の多忙化に目を向け、その解消こそが優先されるべき。
276.旧教育基本法を守らなかった政府に今の教育問題のすべての原因がある。その政府がこのような制度を行うことが本末転倒である。
277.明らかに怠けている人は必ず分かる。それ以外の教師はみな必死に業務をこなしている。いちいち評価しなくても良い。
278.学級減で職員が減らされ仕事のみが残っている状況の中でさらに余分な仕事や気をつかう制度を入れられてはまともに仕事(本来の)ができない。
279.短絡的で不公平。不必要。
280.数値が優先され、ここの顔が見えにくいこの制度には反対。給与に反映されれば職場の雰囲気が悪くなるのは必至。
281.百害あって一利なし。時間と労力の無駄である。
282.方法的にきちんとできる方法もないし、能力的にきちんと評価できる管理職がい るとも思えない。
283.教員の評価は教職員集団としてのものが大きいはず。また生徒の関わり方など評 価できないことがほとんどです。
284.たとえ「評価」するにしても、それを給与に反映させるのは間違いだと思う。
285.公平な評価をするというのならば、日本教育会は解散すべき。または管理職は日 本教育会なるものから脱会してからにして欲しい。
286.目標を立てて教育活動に励むのは当然だが、管理職がそれを評価するのは間違い。
287.評価制度は自己評価制度であるべき。管理職が教職員を評価することはあっても いいが、評価制度とは関係なく勝手にやって欲しい。
288.職員集団の協力体勢が損なわれるのでやめてほしい。
289.なんとなく職員間がぎくしゃくするのではないか。地道にやっている人が本当に 評価されるのか、疑問である。
290.教育の場に民間企業的成果主義を持ち込むべきではない。また間違っても給与に 反映させるべきではない。
291.進学校ではある程度の評価が可能かも知れないが、困難校では「泣きっ面に蜂」 的な制度である。評価を行うのであれば、あくまでも公平、公正、平等を目指していた だきたい。
292.管理職にふさわしいとは思えない人物が管理職になっている。そのような人に公 平な評価ができるとはとても思えない。
293.以前はもっと教員同士が困っていることや悩みを語り合ったものだ。今は「困っ ている」と言うと「能力がない」と見なされる。みんな管理の中で仕事をしている。と なりのクラスの不祥事は自分のクラスの好都合・・・ などという風潮がありはしない だろうか。ますます複雑かつ困難になってきている教育の場で、今後ますます求められ るはずの「仲間同士助け合う職場作り」をどう目指すかを県も管理職も追求すべき時な のに、その真逆の分断政策「評価制度」で何をどうしたいというのか。無能無策な県当 局とその政策に何ら疑問も持たずに追随している管理職連中に対し、怒りを通り越して、 悲しいものを感じる。無能な兵を持った将は哀れだが、無能な将を持った兵はさらに哀 れである・・・ 何とか目を覚まして欲しい。「きょういく」が手遅れになる前に!
294.くだらん。
295.無駄である。
296.保護者・生徒からの評価が最も大切。
297.今の管理職に客観的評価ができるとは思えない。
298.何を評価するのか。管理職への忠誠心なのか?こんな悪辣な制度はやめてほしい。
299.評価そのものが、各人あるいは管理職によりおおきくばらつくので無意味です。
教員一人一人が、自己反省することのほうが大切で、評価を段階で表すとか、給与に反 映するなどはすべきでありません。表面だけ取り繕う教員が増える懸念すら感じます。
300.生徒にとってよい教員(これすら難しい)が管理職にとってよい教員とも限らな い。
301.評価の主体である管理職の資質や能力を職員が評価し、管理の特性・能力の是非 を明示する方式の是非を明示する方式も行うべきだ。 302.職場の雰囲気が悪くなる。基本的に生徒相手の仕事において、数字で教員を評価 するなんて考えられない。
303.教育の現場や、教員の特殊性についてまったく理解されていない不適切な評価制 度であると思う。
304.教育の現場を活性化させる方法は他にある。横の連携、自由に討論できる場、教 員の資質を向上させるゆとりのある職場等々、制度で、狭くくくられて、教育そのもの が窒息してしまう。
305.資質の向上などは、本人の自覚の問題であり、他者から評価されて行うものでな いと思う。
306.この評価のために一般の教員が管理職の目を気にし、ご機嫌を取ったり、発言に 対して気にしなければいけないようになる。今でもそうなのに、この評価(制度)によ り、発言の自由を奪われるのを公に認めたもののようになる。
307.ますます、物をいいにくい職場を作ってしまう。
308.ソニーと富士通で何がおきたか。世間に半?遅れて、わざわざ痛い目に会いに行 くのは馬鹿の仕業である。
309.現行の制度では校長への評価が適切になされるはずがない。
310.あの人(校長)には評価されたくない。
311.「この評価制度によって、自分になびいてくれる教員が増えればばうれしい」な どと、公の席で発言する校長がいる。校長の資質、または選任の方法こそを見直すべき である。「この人なら」と8割がたの教員の納得させる校長選任をしている自身が校長に も、勿論本人にもないからこのような発言が出るのだ。こんな発言をする校長が一人い るだけでも深刻な問題である。そのことに、本人は勿論、教育委員会も気づいていない のはもはや喜劇である。、制度によって、権力によっていうことを聞かせる体制を作ろ うとしているのだろう。おろかな上におろかなことでる。
312.教育は個人の営みでは限界がある。集団の営みを破壊するようなことはやめてい ただきたい。
313.先に実施されている一般企業などで評価制度が何をもたらしたか。成果がはっき りしない、すぐ出るものではない。教育において評価することの意義がまったく理解で きない。愚の骨頂である。
314.相互不信の職場には絶対にしたくない。
315.職場で同僚とのコミュニーションが少ない人が管理職になることが多々ある。確 かに、事務的なことには秀でているかもしれないが、評価をする立場になってもらって は困ると思われる人である。
316.1つの物事が多くの人の協力によって動いている職場で、その中心になってやっ ている人だけが評価を受けるというのはおかしい。職場が混乱するだけだと思います。
317.是非廃止してください。
318.評価の方法も公正なものと感じられない。ILOの勧告を尊重できないのなら、 「評価」はやめるべきだ。
320.教職につく者が評価を気にし出したら、本当の教育の本質ははどうなるのだろう か。評価のための仕事はしたくない。
321.学校の様々な複雑な教育活動をA4の用紙1枚で評価するのは不可能に近いと思 う。
322.民間でも破綻している成果主義を何で今さら導入するのか。絶対反対。能力のな い県教委に言いなりの校長に人を評価する資格なし。協力体制を阻害する評価制度は廃 止すべきである。
323.必要ないと思う。
324.何を評価すると言うのでしょうか。コンピューターが得意な人もいるし、生徒の 心をつかむのが上手な人もいるし、横着な生徒を抱きとめる人もいます。教員1人1人 が得意な点を大いに出し合って、全体として、うまくいくのがいちばんいい。
325.これは「成果主義」「競争原理」にのっとったもので、その失敗はすでに病院、 大学の研究室で明らかである。一部実業界の成果・利潤至上主義に依拠する教職員評価 制度は目に見えるデジタル的な成果のみを重視する風潮をあおり教職員を安直な競争に さらし、長期的スパンで生徒と向き合い、彼らの総合的人間力の向上・発展に寄与する 機会を阻害するものであり、早晩、教育の崩壊をもたらすことになる。
326.教育現場に競争原理を持ち込むべきではない。
327.評価制度はまじめに取り組む教員の意欲を欠き、たいした事をしていないのに、 宣伝だけする教員を増やすだけです。絶対にすべきではありません!
328.余分な仕事が増えるばかりで、大切な授業準備や研究や生徒との時間が取られる だけの制度だ。それに、誰がきちんと評価できるのか?!
329.撤廃すべきである。
330.日本教育会の班長が、教育会から排除している人々を評価する。こんな馬鹿げた ことが公に認められるのか。少なくとも教育会を解散してから議論に入るべきだ。
331.教育の成果は1年やそこらで出るものではない!
332.管理職は校務分掌の統括者であり、評価する立場ではない!
333.@1年の目標を立てることは必要だと思うが、評価制度とは別だ。 A製造業の ような職場ではないので,従来通りの教職員集団の中で行われた研修などで資質の向上 をめざすべきだ。 B心ある人や集団なら改善への取り組みをすでにしている。その活 動に内容を明記する意味で評価制度はよいことだ。教頭の仕事が増えることは良くない。 この点を解決してやめて欲しい。 C職場の意見,反省をふまえて来年度以降の制度に 反映させるべき。 D個人プレーの職業ではないのでスタッフとの一致協力が学校の活 性化につながる。チームプレーを阻害する評価制度と思う。 Eあまり,格差(給与) の高低がこれから大きく違わない方がかえって良いかも。 F教育の目的が生徒の人間 形成であれば,その評価は難しい。簡単に反映できるようなものではないように思う。 G管理職が評価してもらえばよい。逆に管理職を一般職およびPTAが評価することで, 互いに信頼し向上できる形になればいいと思う。 H評価については,第三者によるも のがあったほうが,良いと思われる面もある。制度については,現時点では拙速にすぎ るという感である。 I一生懸命働く人に給与をたくさんあげるのはいいが,評価の悪 い方から良い方へ渡すようなシステムは,絶対おかしい。例えばA評価が〇〇%と決ま っているのもおかしい。
334.評価する側に適正な評価をする能力や時間があるかとても疑問。
335.目標を立て、自分なりにその後評価をすることはとても必要だと思うが、管理 職に評価されることや、給与へ反映されることを考えると、目標を立てづらく“評価” を意識してしまう。
336.教育環境破壊!教員組織の有機性を分断!
337.評価をすることにより数値目標があったりして、ギスギス感がでてくる様に思う。
338.いわゆる、あまりよくないクラスに行く人が少なくなるような気がする。
339.大きな効果はないと思う。
340.評価だけが一人歩きの可能性あり!
341.シート上に現れる取り組み状況、達成状況は仕事の全体や生徒に関わる様々な指 導等の全てが反映されるものではない。むしろ、「一部」の面をもって給与に反映させ るのは乱暴ではないか。
342.「神を畏れ、人を恐れず」とある人が言いましたが、管理職の評価を気にしたり、 気に入られることに腐心する気持ちが出てきはしないか。誰のためにあるべきかが見え なくなりはしないか。
343.個々に自己評価は必要だと思うが、こういう形での(給与に反映させる)「評価 制度」は清朝にすべきであると思う。
344.管理職の主観だけによる評価は信頼性があるのか。さらに仲良し人事になるので はないか。
345.評価制度をとりいれなくても、がんばって自己能力を高めている人は大勢いる。
むしろ、評価を書く時間に教材づくりなどをしたい。
346.適正な評価が行えるのであれば、給与の反映もよい思うが、適正な評価を行うこ とは無理ではないか。
347.教員の多様な個性を否定するのではないか。教育(人づくり)は、多様な個性と 価値観が必要。一元的なものの見方による評価には、意義を感じない。
348.神ならば、人の行いを評価されるでしょうが、人は人を評価できるのでしょうか。 生徒の学習を評価する私たちは評価に慣れてはいるけれど、生徒の全面を評価しうるな どとは思ってはいないもの。管理職の前にあっては私たちは生徒のように評価される面 もあることは判るけれど、仕事への熱意や誠意まで測られるのは気分のよいものではあ りません。
349.必要ありません。その書類を作る時間を他の仕事をする時間にすべきです。
350.評価できる人がいるかどうか問題。
351.無用で教員管理の強化、教員間の分断をねらったものであり、教育力の向上には 直接役立たない。むしろ、害悪である。
352.東京都などを見てみると、全般的には職場から人間性が失われた所が多く、人間 を育てる教員現場にはマイナスになっている。根本的に見直すべきと考える。
353.資質向上への努力は必要だが、結果だけを出すのはかえって、職場の人間関係を 悪くし、よい教育にはつながらない。
354.教員評価は生徒に表れていることであって、少数の人間(管理職)で評価はでき ない。やめてほしい。
355.教員の不適格者に近い者はごく少数なので、この人たちについて、管理職が明確 に対応すべきで、他の者を自己評価や評価してもあまり変わらないと思う。ゴマすりが 増えるのではないか。
356.現場の人間関係が悪くなるので、生徒に影響を及ぼすため、こういう制度には絶 対反対です。
357.不要なもの。管理職も仕事が増え、一般職員と管理職の関係もぎこちなくなる。358.成果主義賃金は、教育や教師にとってマイナスしか作用しないであろう。
359.絶対実施してほしくない。
360.資質向上のための教職員評価はある程度資質向上に役立つと思うが、それを給与 への反映を前提として行うのは管理職へ迎合するだけの教師を増やすことになると思 う。
361.教職員全体で生徒の資質向上を計るべき。
362.本年度、具体的な目標を設定したら、抽象的なものになおされた。どうやって達 成すればよいのか。学校全体が目指しているものがわからない。校長の掲げる目標も抽 象的である。各人が勝手に目標を立て達成していったらまとまりのないがっこうになる と思うのだが、よいのかなあ。
363.教職員一人ひとりが課題として捉え、実践していることに管理職がしっかり目を 向け、実践状況を聞き、それに対して適切な助言や指導をするという評価制度であるな ら、学校の活性化や教職員の資質の向上になると思う。しかし、給与に反映される評価 制度であれば、必ず管理職に評価されるための実践、高い評価が得られる実践のみに取 り組むことになり、学校の活性化や教職員の資質の向上にはつながらないと思う。給与 に反映しない教職員評価制度、管理職が教職員一人ひとりの実践に目を向け、適切な助 言や指導をする教職員制度であるなら歓迎したい。(管理職に求められる力量と負担は 計り知れないと思うが)
364.全員が給与を多くもらいたい為に能力をつけようと思わなければ、この制度は成 り立たちません。能力のある人に給与を多くというのはわかる。給与を多くもらいたい 為に能力をつけようと努力する人がいるかどうか?
365.管理職に評価能力が有れば色々な効果があるが、現状では公平に評価が行なわれ るとは思われない。評価能力を高める場を公正な立場で設け管理職教育をしたのちに評 価することが必要。
366.まだまだ試行の段階を越えるべきでない。
367.数字がモノを言うこの制度は学校の活性化どころか、退化を生むと思う。ただ、 ある程度の評価は必要。
368.評価する側(=管理職?)の資質は問題ないでしょうか。
369.いくらでも「作文」できる“評価”など意味がない
370.「生徒のため」でなく「自分の給与のため」に働くような教員にはなりたくない です
371.毎日の生活で精一杯で、評価制度のことを考えているひまはない。結局、毎日の 仕事が最優先なのだから、あまり意味がないし、自分自身、仕事にがんばっているのだ から、評価にこだわりたくないし、それで良い。
372.もし評価するというなら、本人にその理由や本人のことをよく見ているのか、ど こを見てそういう評価をしたのか、はっきりさせるべきだ。正しく評価できるとはとて も思えない。
373.自己評価のみでよいと思う。
374.要するに教員が常に資質向上と学校の活性化に努力すべきであり、努力できる環 境をつくるべきである。
375.面倒な仕事が増えただけ。
376.人が人を評価、客観的な面が多く問題あり。教員集団という和はどうなるのか、 崩れる原因となるかも。
377.本当に問題にすべき事が闇に沈む、懸念が多々あると思う。
378.廃止して欲しい。
379.給与に結びつけることは絶対反対。
380.最悪の制度だ。
381.教員の世界は協力あってこそで、個人でやれることには限界があり、評価制度は なじまない。
382.評価基準は数量化できない等を含めて、教育の現場は企業の現場とは異なる。
383.事務仕事が増えるだけ。貴重な時間を奪って欲しくない。
384.評価とは何がしか必要なのかもしれないが、評価が妥当であるのかが問題だと思 う。また、企業では下→上への評価も実施されており、双方向で行うものと思う。
385.どのように考えても公正な評価ができるとは考えられず、ただでさえ、物言わぬ 教職員が多くなっているのに、ますますその傾向が強まり、学校の活気はなくなると思 う。
386.教育活動は、成果主義とはそぐわない面が多すぎる。また教職員のお互いの特性 を発揮することが大切で、その特性は生徒各個人に対する指導としてみると、相手によ って+になったり−になったりする。その意味で評価は無意味。
387.教職員評価制度廃止!!
388.個人でする仕事よりも全体でする仕事が多いのになぜ個人の評価なのか、イギリ スでは管理職側からも否定的な意見が調査で多くでているとされるが、なぜ制度を導入 していくのか。
389.この制度では理想に基づいた高い目標をかかげることもないし、職員同士気持ち を一つにして協力する雰囲気も生まれないし、活性化につながらず、あまり目に見えな い地道な活動が軽視されかねない。
390.評価をするのが「管理職」である点が不満である。公正な判断をしてくれるかわ からないからである。
391.評価のしかたには検討が必要だと思う。管理職の主観に左右されそう。
392.学校の仕事は評価になじまないと思います。
393.教育現場に民間企業の評価制度を持ち込むのは無理がある。管理職にとって都合 の良い教職員を生んだり、ひずみが生じる危険性が高い。働く意欲をなくした。
394.この制度の実施は学校教育の崩壊につながるものなので是非食い止めてほしい。
395.教育の仕事は多岐にわたるもので、一部分を切り取って評価すべきでない。学校 教育はチームで行うもの。個人の評価はそぐわない。
396.あまり目標を意識した状態で勤務できていないのが状況。管理職がどう評価する のかはかなり疑問。
397.チームワークが必要な学校においてはこの制度がかえって教員間の関係を損ねる ことが考えられる。困難校での評価をどうするのか?現状をよく考えていただきたいと 県教委に訴えたい。
398.教員の資質向上と制度がリンクしていない。
399.教育現場になじまない制度なので、やめて欲しい。何一つ良い事はない。
400.教員の自主性や多様な価値観を衰退させる恐れがあるので反対です。
401.上の評価を考えて、自分の保身を考えた行動を取る人が出そう。上の人の好みで、 正当な評価がなされないことがありそう。そもそも客観的な評価などできないし、教育 を良くするためには、このような評価制度は何の役にも立たない
402.あまり実がない。
403.意識としては上がるかもしれないが、評価に関してはたとえば200人もいる職 員を管理職が一人一人見て評価するなどは物理的に無理なのは明白である。たまたま目 に入ったときの評価によって良くなったり悪くなったりするのはどうか。我々は日々地 道にやっていて、1年を通すと生徒に良い影響を与えたことは一瞬では見えにくい。こ れを話し合いなしに評価されては一生懸命やっているこちらがたまらない。
404.どちらかというと非生産性傾向にある養護学校の児童生徒の教育は、手さぐり的 な指導も多く、効率化を求められる評価では成り立たない教育現場と思う。制度乱用に より、古き時代の日本人らしい良さを持っている数少ない校種の養護学校の存在の障壁 になると思うようになった。
405.自己評価や管理職による評価が正しく行われることは難しい。一部の偏った考え 方のみで評価されてしまっては困る。教育は、色々な考え方があってよいし、あるべき であると思う。一律的に評価することは難しい。
406.管理職が正しく評価するほど我々のことを見ているのか、理解しているのか。仕 事量が増え続ける今日、この評価を書くことも大変。
407.評価してもらうための評価基準をわざわざつくっているようで「わざとらしい」。
408.評価はやめてほしい。職員の精神保健上よろしくないと思う。
409.いつもの様子をいつも見ていない人間に評価などされたくない。特に分掌につい ては、一般企業でもそうらしいが「専門外」の方の評価は難しい。「アンケートを行わな い」という現場無視の体質が、現在の「いじめ」「学力」などの問題を作っていると思う。 人を管理することでなく、人をかけ、金をかけて、ちゃんと子供の将来のためを一番に 考えた施策を打ち出すべきだと思う。
410.評価を意識して仕事をするようになることが懸念され、評価制度は好ましくない。
411.人の評価など軽々しく行うべきではない。(現行の評価制度のことを言っている。)
412.評価は自分の自己向上のためにするべきものであり、人に評価されるべきでない。 安倍さんが言うように一人一人のチャレンジ精神を高めるなら、なおさらこんな制度は 不必要なもの!矛盾しています。
413.書きたいことは多々あるが、評価方法、つまり「何をもって誰が何を基準に評価 するか」が明確にならない限りするべきではない。内容を決めてから枠を作るべきだ。
414.管理職から評価されなくても、りっぱな先生はたくさんいるし、仲間も自然に認 めている。教員同士でお互いに補う関係が自然にできあがる。
415.教育現場には馴染まない制度であり、これによってむしろ大切なものが見失われ ていく。
416.教員の職分のある項目だけをとりあげ、そのことのみ達成度を評価することは、 資質の向上という面だけ見れば意味があるかもしれないが、それを「全体」評価のよう に見、給与に反映させることは悪影響があるだけだ。
417.学校の仕事は集団で行うもので、そこに給与に関わる個人評価はなじまない。
418.必要ない。
419.パワハラが起こる。
420.反対です。
421.この制度は学校現場には適さない。
422.是非やめてもらいたい。民間でも失敗しています。民間を見習う必要はどこにも ない。
423.教員の仕事は企業のように実績で明確にわかるものではないので、それを評価す ることには無理があるし、不公平感が出ると思います。
424.評価は教員本人が決めることであり何も知ろうとしない管理職に評価されたくな いし、できない。
425.学校は進学校から困難校とさまざまあるのに、それをどのように評価できるのか、 説明して欲しい。一般教員による管理職の評価も必要!!
426.充分忙しい日々なのに教員をさらに多忙にさせる制度には反対します。
427.どの程度の職務に対して「評価として優れている」というのか。毎日変化成長し ていく「こどもたち」を職務の対象としている教職員で、評価することは大変難しいと 思う。もしこの制度が導入されるのなら意欲を持って職務につく教員は減るだろう。「担 任するクラスが崩壊したら評価が下がるので担任はやりたくない」「顧問をした部活が 結果を見込めないのなら評価が下がる。よって運動部の顧問はやらない」といった職員 が増えたら学校経営は成り立つのだろうか。
428.偽の教育が行われることになる。
429.基準がはっきりしないまま実施に踏み切るのは適切ではない。
430.必要性を感じない、個々が研鑽すべき問題。
431.何らかの評価は必要だと思うが、その方法、内容については十分な議論を要する と思う。当事者も社会も納得できるものにするにはかなり難しいと思う。
432.職種が客観的評価しにくい面が多い。まして管理職に対して良い面を強調したい のが常で、正しい評価につながりにくい。
433.この制度で、学校が良くなるとは思えない。
434.教員評価制度が、資質向上や士気が上がると思っているのか?教育現場はスクラ ムを組んでお互いが高まり合い、子どもたちを成長・発達させている。いろいろな力が ある職員がリードしたり、されたりしながら実践する職場。この制度は、スクラムを壊 すものでしかない。賃金などに連動したらなおさらだ!
435.管理職は多忙だと思うのですが、全員の職務状況を正しく評価する余裕があるの でしょうか?目立つことだけが先行したり、一部のみで評価してしまったりするのでは ないかと思う。
436.管理職の顔色を伺ったり、目標の設定などの書類作成などに時間を取られたり子 どもたちと向かい合うことがそっちのけになってしまう。
437.現実として本校では無理ではないか。
438.教育の場にそぐわない。やめるべし!
439.管理職による評価はしない方がよい。職場の和のために、人間関係の潤滑を保つ ために逆効果である。
440.教育の効果については、判断する根拠もはっきりしない。1年という短い時間で 評価できるものではないと考える。
441.社会の流れや締め付けに全て従うようなこの頃の体制にうんざりしています。教員を評価することによって、どれだけ子どもたちにメリットがあるのか全くわかりません。 職員が居心地の悪い職場は子どもにとっても息苦しいと思います。
442.「管理職」(この言葉がいけないと思う。これだから「管理職」は一般の職員を 管理するのが仕事だと思い込んでしまう)は、一般の教員が仕事しやすい環境作りをす ることだと思う。評価=管理は必要ないのでは。
443.教員を評価するのは、子どもたちと自分で良いと思います。
444.何を基準に評価するのか。その人の全てを見ているわけではないのに、印象だけ とか、気づいたところだけからの評価では見えない部分の努力が評価されず、本人のや る気を失わせる結果にならないか。
445.ない方が良い。
446.教員評価制度は必要でない。
447.高い評価を受けたい人は、数字に現れる結果を求めがちになる。その他の人は、 仕事へのやる気をそがれる。教育の向上にはつながらない。
448.チームワーク、協調性が大切な学校現場には、教職員評価制度は適していない。
449.何をしたいのか理解できない。勤務諸条件をしっかり確立した上で、何のために するのか明らかにすべきだ。又、学校という場での教員の活動をどうやったら評価でき るのか、わからないし、現場がおかしくなってしまう。
450.行なってもあまり意味がないようなきがする。管理職が公平な見方で評価してく れるとは思えない。
451.管理職の顔色ばかりをうかがって生徒を見ない、考えない教師が増えると考える。
452.教職員の協力よりも競争を促すという方向性は間違っていると思います。県教委 は我々教職員のことを「上から言われなければできない人間」「自己教育力のない人間」 と考えており、その「ダメな人間」を「上の言うことに黙って従いさえすれば良い人間」 に変えようとしている。また、公務員バッシングのなか、「我々県教委も頑張っている んです。」というポーズをとろうとしているように思う。「こんなに教職員は頑張って いるんです。」というアピールをしようとせず、「県民の皆様のおっしゃるとおり教職 員はダメ人間が多いので変えます。」という姿勢が気にらない。ただ、職場での教員育 成力が落ちているのも確か。
453.昔、喫煙室での世間話はタメになったなぁ・・・。
454.管理職の顔色を見て発言するようになることが考えられる。
455.教育の場に米国の経営手法を持ち込んでもなじまない。また、客観性に欠けると 職員のやる気を損なう。
456.給与への反映は難しいと思う。
457.仕事の出し惜しみ(来年度の成果を残すため)が起こると思います。他人の成果 を自分の手柄にする人が増えると思います。
458.全くくだらない制度です。
459.成果が数字では表せない教育現場ではなじまない制度である。
460.実態にそぐわないため断固反対!
461.反対
462.評価する側を評価するシステムがなければこの制度は弊害が大きい。
463.時代の流れに全く沿わぬ時代錯誤の代物!
464.この制度が本当に導入され給料に響くとなれば、良心的と言われる教師もいざと なると口を閉じ妥協していくことになるでしょう。そんな状況の中で教育を受ける子供 たちがかわいそうです。
465.確かにそうすることによって何かをやらざるを得なくなり活性化する部分もある が、人知れずがんばっているという部分が評価されずそっちの面でやる気を失うという こともあるのではないか。
466.管理職にゴマをする教師ばかりになるのではないですか。教師は生徒に目をむけ るもの。一番大切な所がなくなっていくのでは。ただ、自分は今まで通りにやっていく つもりですが。
467.規定外の職務を押しつけておきながら、そこの評価を(=賃金払う)はしないで この制度。まったく納得行きません。
468.教員評価が”管理職”というのが第一の問題点である。人気抜群、識見厚遇なら 公平公正な評価もできようが、著しく観的、恣意的に成されなおかつこれをチェックす る存在がないということ。
469.能率発揮、職務というがまったく個人任せになっている点である。教育の主役は 生徒、目先の目標も大切だが人格の陶冶は長い時間を必要とするものである。モノ言わ ぬ教員、生徒作りが目標ではあるまい。
470.もっと他にやるべき事があるのではないか?
471.何がねらいなのか理解できない。
472.余分な仕事ばかり増えて、あまり意味がないと思う。
473.単年度で行われる評価シート作成・自己評価・管理職評価を給与に反映させるの は無理。教育活動はもっと長い目で行われている。そもそも評価制度は教員を分断する ものなので協力して行う教育活動には障害になる。
474.学校には教員集団として、生徒を指導しています。評価制度の導入、又給与まで 差をつけるとなると個人プレー、スタンドプレーをやり、自己アピールする人がくるの も事実です。
475.集団としての指導が崩れ、教育破壊につながるおそれが十分にあるので反対しま す。
476.「給与」への反映がなされる「評価制度」は導入してはならないというのが
Global Standard です。
477.少なくとも資質の向上や教育の活性化をうたうなら、一方通行の評価ではなく評 価についての「評価された側」の言い分も聞く機会をもつべき。納得できる評価がなさ れているという信頼関係がないところで、良い成果は出てこないと思う。
478.利潤を追求する民間企業でさえ成果主義賃金制度が破綻しているのに,利潤を目 的としない公教育に教職員評価制度を導入すれば失敗するのは火を見るより明らかで す。即刻,導入をやめるべきです。
479.教職員評価を給与等の処遇に結びつけることには多くの不安を感じます。聞くと ころによれば国際機関(CEART)などからも教職員評価が給与等の処遇に結びつけ られて成功した例はないとのことです。もし,この評価制度が給与等の処遇につながる ものになるならば崇高な営みである教育の担い手の構成者たる教職員に限りなく大きな 痛手を与えるかも知れません
480.時間の無駄。
481.コネによる不正が増えるだけで、学校全体が腐敗する。
482.職場内に競争原理を持ち込むことは、教育現場にはそぐわない。他職種との違い を明確に認識すべきだ。社会、保護者、マスコミへ過度に迎合しすぎだ。
483.廃止すべきだ。
484.教職員の教育活動を客観的に評価することは困難であり、一面からの判断となる ため公平性を欠くとともに、教職員間のチームワークにも悪影響。
485.管理職に媚びる教員のみが優遇されるだろう。職場のチームワークに大きな悪影 響を及ぼす。教育は教育現場のチームワークがあって始めてうまく機能する。上に媚び る輩なんかに児童・生徒をまかせられない。「この国」を「美しい国」にしたいならば そんな馬鹿げた制度はやめた方がいい。
486.客観的な評価ができるようにしないと管理職であっても神様ではないので、正し い評価が必ずできるとは言えない。
487.評価と給与の関係は管理者と教職員が、ある程度納得された形で提出されるべき ものと考えます(一方的にならぬこと)。
488.評価そのものについては、行なうことが必要だと思うが、管理職による評価にか たよりすぎているのではないか?現行の評価制度には反対である。
489.やる気のない教員の気力を更に失わせる心配がある
490.無駄な時間をとられる。
491.あまり効果ないと思う
492.現場をもうこれ以上混乱させないでほしい。勘弁して下さい。
493.評価のための授業や行動をし、自分が失われる。
494.百害あって10利ありのシステムだと思う。日本的風土にはあまりあわない。
495.民間ですでに失敗したものを、公務員に今から導入とは何ごとか。
496.管理職の顔色を伺い生徒の方を見ない教員を作るのみだ。
497.対教員、対生徒への信頼関係がなくなり、相互疑いの心を持つようになる。学校 の崩壊につながる。強く反対。
498.人には感情があるので、正当な評価ができるとは思えない。
499.教育の営みはよく言われるように長期的なものであるし、その現れ方も長い時間 がたって初めて分かるものである。年ごとに成果を競わせる、それも賃金に影響させる ようなやり方は教育の姿をゆがませるものであり、ふさわしくない。
500.管理職が個々の教員をきちんと評価できるとは全く思っていない。
501.教職員が自己評価をし、管理職が助言をすることは良い。しかし、給与へ反映す ることは教育活動の価値を一方的なものに限定し、正当な評価がなされないので反対で す。
502.一部の本当に不適格な教員をやめさせるために全体のシステムを変えるべきでは ない。
503.職場に差別と分断を持ちも導入には断固反対だ。
504.前任校では管理職に問題があった。学校間に格差がありすぎるのでまずい。ご機 嫌伺いが多くなりそうだ。
505.管理職による評価がほんとうに客観的にきちんとできるなら、この評価制度は役 に立つだろう。だが、現実には、イジメを助長してしまった中学教師が学年主任を任せ られていたことでも明らかなように、上からの評価は適切には行われない。競争をあお り、職場が、自分だけいい目をみるような動きからギスギスしたものになってしまう。
506.人件費を削る手段であり、資質向上とは関係ない。
507.結果を評価するのは教育現場ではむつかしい。もっと多様な現場を考えてほしい。
508.このような評価で給与に反映されるのは反対である。
509.教職員による教育活動は評価制度になじむものではない。又、少ない管理職の人 達だけではしっかり評価ができないので、この制度が悪用されるおそれがある。
510.絶対反対です。
511.ゴマスリ教員が異常に増えると思う。
512.教育の世界は成果がすぐでるものではないことが多い。評価はとても難しいと思 う。
513.1つの学校の大勢の職員の中には数人のやる気のなさが目立つ人がいるが、評価 制度によってその人の行動パターンが改善されるかといえば、それはないのではないか。 それより、職員同士の助け合いや、暖かい人間関係がなくなる危険がある。殆どの人が、 自分の置かれた部署で最善を尽くして働いていると思う。
514.現在の学力偏重の学校教育を考え直してからでないと、教職員の評価に大きな問 題が生じるので、今は実施すべきではないと考えます。
515.全く無意味で、余分な労力が増すだけ
516.家庭の事情や体調の問題を持った人が、ますます弱い立場に追いやられてしまう 恐れがあると思います。
517.絶対にやめてもらいたい。仕事への意欲がなくなります。「評価」とか「給与」 とかではなく、「生徒」に集中したい。
518.教職員のすべてを見ていて判断してゆく事ができないので、必ず弊害が出てくる。
519.現場を実際見回っていない管理職に、教員の評価はできないので無意味である。(お互いに認め、信頼し合うことから教育は始まるのではないでしょうか)
520.「教職員評価制度」のこのこと自体、わけが分かりません。やめてください。
521.給与反映の恩恵を受けるのは運営委員であるのは間違いない。その他は減になる 可能性がある。としたら、その減の対象者は、極論で言ったら教員失格ということであ る。センター研修も…と考えるのはおかしいでしょうか。
522.給料へ反映させるのなら、免許状の取得状況程度でよい。時間の無駄だと思う。
523.やる気を失わせる評価は評価といえないと思います。
524.自ら目標を決めて反省することは必要だが、管理職からの評価が給料に響いてく るとなると話は全く別になってしまう。達成可能な低い目標にとどめたり、生徒のこと より自分の保身を考えたりし始める弊害が出る。
525.教職員の行動を第三者がすべて見ているわけでもないし、とても評価の判断がで きるはずもない。ましてやそれを給与に反映するなど言語道断。即刻中止すべきである。
526.教職員の評価は営業職などと異なり、数字に表れるものでもなく、難しいと思い ます。
527.県教委、管理職への評価をしたい。
528.やめた方が良い。
529.やめるべきだ!!
530.教育の本質について、この評価制度はネガティブにしか作用しない。
531.「評価制度」導入発案者に応えてもらいたい。教員の資質とやらを主観を伴わな い項目による数値で示せるなら、まずそれを示してほしい。「教育力」とか「指導力」 を科学的に説明してほしい。できないのなら、早く引っ込めてもらいたい。
532.教育現場においては、まったく意味のない制度である。なぜならば、教員の教育 活動の評価を測る「ものさし」が明確でない以上、幅広い教育活動をカバーできる「も のさし」は存在しない以上、この制度は百害ありきであるから。
533.教師の仕事、使命および、その達成度評価を1,2枚の紙の中だけで表しきれる はずがない。そんな薄っぺらな仕事はしていないつもり。
534.教員の仕事は多方面にわたっている。たった1枚の紙切れで、一人の教員をまる ごと評価しようとしている。書ききれないほどのいろいろな仕事をしているのに、評価 シートに書かれていないことは、一切無駄なことになるのか?
535.まったく意味なし。
536.できないことを無理やりやろうとする制度なので絶対に反対。
537.「成果主義」における一般企業の失敗の反省をどのように活かすか、ビジョンを 示してもらいたい。
538.管理職の評価を前提に目標を立ててやることは、いろんな業務を増やすことにな る。
539.教員の人間性に対し、信頼されていないと感じます。もっと信用しろよ。
540.教員の評価・資質・成果は一般企業と同じように考えることはできない。それな のに、一般企業の理論で評価しようというのは無理がある、というよりできるわけがな い。「売り上げが上がれば」というような一定の指標があるわけではない。それが教育 である。場合によっては、我々が与えた教育活動の成果が5年、10年、あるいはもっ と先になって出ることだってある。それを単年で評価し、挙句の果てに給与に反映させ ようというのは教育を馬鹿にしているとしか思えない。
541.評価に対する説明責任は必要不可欠だし、それに対する異議申し立て、話し合い の場がもたれなければ何の意味もない。不透明感が少しでもあるようなら、評価する人 間に最中と大判小判を渡しておかなければいけないような気になる。
542.同じことをやったとしても、Aという学校とBという学校では全く見方が変わ ってしまう。一方では当たり前、一方では画期的と判断されるのであれば、後者で判断 される学校へ行きたいと思うのは当然である。すべての教員が自ら希望して職場を選ん でいるならともかく、そうでない(実際とんなことできない)のだから、このような評 価をやってはいけないと思う。
543.評価する側の評価は誰がするのか。適正な評価がなされているのかどうかを誰が チェックするのか。それがないのなら評価する側の気分で評価することもできる。評価 する側に常にゴマをするのか?
544.実験的に開始した制度に対しての分析をしないまま、なぜ次へ進もうとするのか。 給与への反映の準備だけはしっかりと進めており、「管理するのに都合のいいことだけ は、すばやい対応をするが、教育のためになることは全く対応をしようとしない。」姿 勢をいい加減直して欲しい。そして現場の声をきちんと聞いて欲しい。
545.自分の仕事を見つめるといえば聞こえはいいが、無理して項目を設定している感 が否めず、数値目標に限界があるから項目が限定される。さらには「評価のための仕事」 や「シート作成のための仕事」に時間をとられ、生徒のためにやるべきことができなく なってしまう。これでは何の意味もない。
546.結局は、人件費抑制のためにやろうとしているだけだと思う。毎年毎年給与が下 げられ、若い人の意欲が失われてきている。このままでは愛知の教育が成り立たなくな るかもしれない。給与のこと、土日出勤の手当てのことなど、お金の面でもっと我々の やる気を出させるようにしてほしい。毎年給与が下がる話、ボーナスが減額される話ば かりで、将来が不安。結婚も正直ためらってしまう。全国的に見て愛知はなぜ暴走族が 多いのか、教育に責任がない、とはいえないと思う。
547.反対です。
548.教育活動を評価するということはとても無理がある。「成果」にならない部分で どれだけ苦労しているか。
549.勤務校では昨年来、ある活動で全国的に注目されている教員がいる。きっと評価 制度が導入されれば彼は高い評価を受けるのだろう。しかし、その活動の裏で傷ついた 生徒たちを他の教員がフォローして回っていたことは、同じようには評価されないだろ う。(現に校長は彼を持ち上げ、周囲で起こったことには無関心。)もしもその評価に よって彼のボーナスが上がったりしたら、正直言ってとても不愉快。いままでしていた 協力もしたくなくなるだろう。理不尽なことも多い中で、時には我慢もしながら教育活 動に専念できるのは、給与や処遇が安定してるから。給与や処遇が評価によって左右さ れるようになったら、職場の雰囲気が必ず悪くなる。「優秀な教員」だって、そんな中 では力を発揮しにくいだろう。トータルで教育力は低下する。
550.教員は常に生徒との生活の中で厳しく評価されていると思うので他の方向から評 価は必要ない。
551.教員の資質は評価しがたい
552.マイナス面が心配@担任は持たない(持つなら良いクラス)余分な事はしない。
553.教職員同士のつぶし合いになると思う。
554.教職員相互の円満な人間関係を破壊する評価制度はやめるべきだ。
555.ヒトにより仕事の中身は大きく異なる。
556.各人の目標や指針は大切で必要だが、うまくいかないことが多く、それを給与に 反映させるのは問題がある。
557.協力から競争へ、現場の士気低下を起こすような悪制度は導入するな。
558.導入で、教育現場がとりかえしのつかない泥沼となり、教育環境が著しく低下す ることは、保護者の立場からも絶対避けてほしい。
559.給与に差を付けると、増額された者のみに仕事上の負担が偏る傾向がさらに増加 されると心配される。
560.増額されなかった者はいっそうしない傾向になるのではないか。
561.どのような点を見て評価するのか明確でない。
562.教育の目的は何か?評価できるのもではない。
563.早急に実施すべきではない。
564.教育の評価は1年間という期間でできるものではない。
565.人格形成は長い期間かけて行われるのであり、1年ごとの評価はなじまない。
566.成果主義は民間企業においても多くの問題が言われています。そのようなものを 持ち込んで、教育現場をますますいびつにされることを恐れます。
567.教職員、現場の意思疎通・チームワークを壊すので、やめて欲しい。
568.現行の制度では、教職員の正当な評価は出来ないと思う。もし、評価をするので あれば、日々の活動をもっと観察するなり、把握に努めるべきだと思う。
569.職場を混乱させる制度で行うべきではない。
570.病人が増えたりすると思う。
571.現行の制度には反対である。
572.はっきりいってゴマすり教員養成となる評価よりも、もっと健康面など教員が働 きやすい環境を保てるよう、管理職がしっかり管理してほしい。
573.管理職がすべての教科や職務を把握しない限り無理。それよりも仕事をしていな い人に仕事をさせるよう管理職が持っていくべき。仕事をする人のところにだけ仕事を 集めているのは管理職の怠慢。
574.「管理職と意見や考え方の異なる教員の評価が下がったりでは困る」と、その意 見や考え方に合わせようとするうちに、病気になったり一種類の教員しかいなくなって しまうのでは?
575.大義よりも流れに乗っているだけのように思える。管理職に不満があっても転勤 もままならない現状を改善すべき。
576.教員自身が自分の仕事を振り返りながら業務に当たることはもちろん必要で「教 育」を向上させるためには不可欠だと思います。しかし、その評価をストレートに給与 や人事などに反映させることは絶対に反対です。そもそも教育の効果が早急に出ないも のであることは教育に携わるものならわかっているはずです。
577.
578.管理職(人)が人を評価するのがそもそも間違い。給与に反映させるためだけの もの。やめてほしい。
579.学校現場では評価は難しい。
580.個人の評価は数値化するのは難しい。
581.必要ない。鞄持ちが増加するだけ。本来の子供の教育から目が離れる。
582.サラリーマン的になり、ゴマすりが多くなる。
583.学校は物を作る所ではない。生徒がどれだけ成長したかを正しく反映させた評価 は難しい。
584.正しい評価は誰がどのように行うか非常に難しいと思う。
585.多くの教員が授業をくふうしていると思うし、クラスのことを考えてHR運営し ているはず。管理職は「シート」で評価するのではなく、時々教室をまわったり生徒と のコミュニケーションの中や教員同士の情報交換の中で評価できる。それを校内運営に いかせばよい。
586.評価と賃金を結びつけるような最低の発想しかできない県教委はいったいどうい う集団なのでしょう。
587.教育は競争ではないと思いますし、そうあるべきだと思います。教員の競争して いる姿は必ず子供たちに伝わりますし、子供たちもみな同じ目標のもとに自己実現を目 指しているのではないので、本来の姿からは逆行すると思います。
588.生徒がかわいそう
589.こんなことより30人学級を。
590.意味のない負担が1つ増えただけ。
591.まず評価制度そのものについて反対する。評価基準もあいまい。大体謙虚さを少 しでも持っていればA評価など恥ずかしくて自分にはできない。現在の管理職に評価さ れること自体も不満。こちらも管理職を評価したい。
592.売り上げ・利益などを追求する職業ではないし、教職員の職務内容は評価制度に はなじまない。
593.教育の目指す価値は多様で一元化はできない。管理職という一人の人間が多様な 価値の実現をどの程度まで評価できるのか。不可能なことだと思います。
594.あまり必要性を感じない。
595.生徒一人一人を大切にする教育からかけ離れていくようで大変心配です。ただで さえ忙しいのに数値目標(遅刻、欠席数、平均点など)にとらわれて本当に大切なこと を見失いつつあるようです。
596.管理職が教職員を評価するようになれば、評価項目以外で学校教育が成り立たな くなる。・「評価制度」自体を廃止すべきだと思う。
597.評価能力がある管理職であれば大賛成だが、すべての管理職がそうとは言えない と思うので反対である。評価に個人的感情を反映させる人もいるかもしれない。
598.給与に反映すると成果が出やすいものだけ取り組み、成果がすぐには出ないもの を目標にしなくなったりと、いろいろ考えられ、資質の向上や学校の活性化にはつなが らないと思う。
599.チームごとに問題解決に当たらなくてはならない職員間のきずなを弱めるおそれ がある。
600.学校によっていろいろな違いがある中で正しい評価をするのは無理だと思う。ま た、特に校長がその評価ができるか疑問であるし、「自己評価しろ」というのもおかし いし、いらぬ仕事を増やすだけである。
601.教員同士が足を引っ張り合ったり、マイナスになることは表に出さないようにな ると思う。
602.校長主導に傾く。かたよりすぎる。
603.評価が校長個人の主観によって行われる可能性がある。
604.教育はチームで行うもの。個人評価はなじまない。また、成果は形や数値で表せ るものではない。教育界には不向きだ。
605.本来の教育の世界の在り方にまったく逆行して、行き詰まり感を増やし、逆効果 を生む土壌作りとなる。
606.この評価制度と給与を結びつけて考えないほうがよいと思う。
607.せちがらくなる。
608.評価、研修は必要と思うが、何をどう評価するかにより、教師(教育)をよくも 悪くもする。よい所を伸ばすように評価すべきであろう。(後ろ向きの評価はやめよ) 一般論で言えば、教育に関することは、評価、議論でなく、不平、不満であると思う。
609.利益を追求する会社とは、教職員の目指すべきものは本来異なる。生徒の個性を 認め、伸長させていくためには、様々なタイプの教職員が助け合い、支え合うべきで、 評価制度の導入は、苦労を人と分かち合いづらい雰囲気を作ってしまう。
610.そもそも評価基準があいまい。能力別自体は悪いとは思われないが、あいまいな 基準のまま反映させるのは反対。教育の評価は単年度で出るものではない。
611.正しく評価がなされるのか、大いに疑問です。ゆがんだ評価が給与に反映される のは反対。
612.評価のベクトルが逆で、生徒が教員を、一般教員が管理職を評価すべきである。
613.仕事を増やすだけでイラない制度。
614.評価をするにしても、観点を満たす基準があいまいだと思う。評価(数値化)す ること自体が難しいのではないだろうか?
615.評価を行う側の人物が偏った人格の場合、その弊害は計りしれない。評価される 側の異議申し立てにより、評価を行った者に対する弾劾制度のようなものを構築しなけ れば、緊張感のある評価制度にはならず、恣意的な運用が横行するだろう。評価結果は、 必ず本人へ開示されるべきである。
616.現在予定されている評価制度を実施した場合、教員間に残っている同僚性が破壊 され、愛知の公立高校が持っている活力が失われることを恐れる。
617.企業における個人の評価制度で、うまく機能している事例を記事で読んだことが ない。初期に始めた(株)富士通での個人評価制度は失敗した。現在はチームやグルー プ内の業績評価とリンクした形で評価されていると聞く。教育はチームで成果を上げる 仕事であり、1人の働きで成果が出るものではない。学校の活性化が目的ならば、チー ムとしての成果に対して報いる制度にすべきである。
618.職場の人間関係が悪くなると思うので、この制度には反対です。
619.評価にエネルギーを費やすあまりに対象者である生徒がないがしろになる危険が 大だと思う。評価することは悪くないが、現状では意義があるとは思えない。企業と公 務員は根本的に違うので真似をしても仕方ない。
620.仕事をしない人に対しての攻撃なら理解できるが、真面目にやっている教員に対 して不当な評価が下る場合も想像に難しくない。やらなくて良いのではないか。
621.「教職員は評価されるから頑張る」という考えで動いているわけではないと思う ので、いらない。プレッシャーになるだけ。
622.「チクリヤ」「ゴマスリ」先生が増え、教員間の人間関係が確実におかしくなる。
623.評価を得るために生徒を利用する教員が出てくる可能性があり、本来の教育の姿 が損なわれる。
624.何の目的か全く理解に苦しむ、教職にノルマというのは設定すべきではない。こ れに多くの教員が(管理職も含めて)時間をとられ、生徒との時間が失われるのはむし ろ無意味なことだと思う。
625.教育活動は経済活動と違って生産性や効率性を追求するものでない。すぐに成果 が見えるわけではないので評価は難しい。すぐに成果が出なくてもやらなければならな いことが多い。
626.人間関係がさらに悪くなる。
627.教育現場にそぐわない。
628.成果を独り占めしたり失敗を他人のせいにしたりと、せこいやつが出てくるだろ う。
629.真面目な人ほど神経質にノイローゼになり、うつ病になったりするだろう。
630.校長は職員室に机もない、授業をみるでもない、正当な評価ができるのだろうか。
631.教育成果は何年も後で現れるもので、肥やしを与えているようなもの。そんなも のは年度で評価できるものではない。
632.やる気を起こさせる制度(勤務時間,自主的研修,教員をサポートできる人間関 係など)をまず整えてからにしてほしい。
633.自分で自分を評価するというのは限界があり、たとえば真面目で努力をしている 教員が自己に厳しい目標を設定し、Aがつかなければそれが給与に反映するというのだ ろうか?
634.「目標による管理」が教員の資質の向上につながることを提案者(県教委)側は 証明して見せなければならない。その点を強く追求して欲しい。
635.教員の意欲を失わせ、教員同士の協力関係・団結力を難しくするものだ。
636.何をやったって、事なかれ主義でしょう。本当に困った人は改善されるはずがな い。
637.公正さを担保できない評価はやるべきではない。
638.給与とリンクさせてはならない。
639.職員のまとまりを損なうので反対。将来に禍根を残すことになるのは間違いない。
640.少ない管理職で,多数の専門職である教員の評価は無理。特に校長は同一校勤務 3年程度なのに,職業高校は職員数が70人以上であり,全員の名前を覚えるのもおぼ つかない。まして,評価などは到底無理。
641.管理職は出張などで学校不在が多いのに,職員を正しく評価できるか疑問である。 まして,給与への反映は絶対にすべきではない。
642.教職員評価制度はやめるべきである。
643.教職員は多くの仕事をかかえており,評価シートの内容以外にもすべきことがた くさんある。そういう意味で,管理職は教職員を正しく評価できるか。できなければ, 評価制度を導入することで学校は悪くなり,教員は伸びない。
644.皆それぞれの職場で一生懸命に頑張っている。そこに,評価制度で低い評価をさ れてしまった場合,やる気を失うことになるのではないか気がかりである。生真面目な 人程そうなるのでは……。
645.評価制度はやめて,士気を下げている教員の指導を直接せよ。
646.運用方法に問題あり。「給料に反映」が前提なら,誰もが納得できる方法をとる べき。生徒の評価について教員は真剣であるのに,教員評価の今の状況では正当な評価 が出せるはずがない。
647.評価は必要だと思うが,給与への反映は反対である。
648.教職員の評価とそれに伴う給与への反映は必要であるとは思うが,現状では管理 職はそういった環境で仕事をしてきておらず,残念ながら評価者として適切な人材では ない。よって反対。
649.管理職に教員評価を行う資質があるかはなはだ疑問。
650.今のままでは評価制度に賛成できない。
651.教育現場にはそぐわないと考える。
652.百害あって一利なし。
653.教員は生徒を見るべき者であって、一つ一つ項目を挙げてチェックされるとその ことにとらわれすぎてしまう(チェック内容以外は見ない、努力しない)。評価が自己 評価と違うとやる気を失う。その評価も公平なら良いのですが主観が入りそう.......。
654.管理職に正当な評価を求めるのは無理!よって制度は無意味、弊害があるのみ!
655.職場の人間関係を悪くするだけで何のメリットもない。
656.教育の指導の成果は数値で表せなかったり、短期間では結果が出なかったりする 内容を含む。それを正しく納得できる形で評価するのは困難なこと。
657.一部を見て評価できるほどの能力があると思えない。つきっきりで1人、2人の 人の評価するのであれば信頼性もあるがそうではないので。
658.職場の分断をまねくだけ。全面廃止すべし。
659.教育の現場には多様な生徒がおり、そういう所にこの制度はなじまない。
660.民間企業でも「成果主義」の実効性についてはかなり疑問の声があがってきてい る現在、なぜ今さらという気がする。給料や評価といって外発的動機づけより「やる気」 に基づいた内発的動機の方がその集団を本当の意味で引き上げてゆくのではないか。
661.人間を相手にする教育現場に於いては、評価する基準が定められないので制度の 導入は不向きだと思われる
662.管理職が正当な評価をしていただけるか心配。意外に授業のやり方や生徒とのコ ミュニケーションなど知らないことが多いのでは。
663.自分の評価を下げないため、要領よく自己保身に走る人が増える気がする。
664.相対評価の弊害を言っていた機関が相対評価をする。これでやる気を出せという ことに無理があることに気づいているのか。
665.給与への反映は、絶対にすべきではない。公務員給与引き下げの手段なのだから。 教育は、全員のチームワークでおこなわれている。個人の力による考えは傲慢だ。公教 育が破壊される。企業でも破綻をきたしている。知的障害児の学校に体罰が蔓延する。
666.評価する人の主観は必ず入ります。そこがどうかなと思います。もう少し他の方 法で意識改善できませんかね。大人が示しましょうよ。
667.日々管理職と直接会話することすらない日がほとんどなのに、公正な評価が可能 であるはずがない。
668.管理職の受けのよい先生のみがよい評価を与えられ、本当に生徒のために動いて いる先生はよく思われずにいるのでは?教員が生徒のために行動できなくなる。
669.教師も人間です。良い評価をしてもらいたいために、いじめ、嫌がらせをする人 が出てくるような気がします。実際に、私学でこのようなことがあったことを耳にしま した。
670.全く意味がない制度と思われる。評価があるからとかないからとかで判断するこ とことがおかしい。一部の職員を除き、大半の職員が世間一般からでは考えられない苦 労と熱意があると考えるのが妥当。多くの人間が現場を知らなさすぎるのがそもそも問 題。
671.適正な評価が行われるとは思っていない(評価側があいまいな基準であると考え るので)。
672.評価制度が反映された管理職になるまでは、管理職は教諭の投票で選ばれるべき。 管理職による不正があった場合、県教育長以下その管理職にいたるまでの上司は総辞職 すべき。
673.評価できない内容を無理に評価すると、ひずみが起こり、チームワークが崩れる。 できるはずがない。
674.1人の好みで評価されるのでは耐えきれない。
675.もともと評価制度の狙いが総人件費の抑制であり、物言わぬ教員作りである以上、 資質の向上や学校の活性化などとうそで塗り固めるのは卑怯。さらに、成果主義が民間 のあらゆるところで破綻していることも県はきちんと受け止めて、このような教員の未 来を破壊し,教員の生活や生き方にも悪影響を及ぼす評価制度は導入すべきではない。
676.管理職が教員一人ひとりを的確に評価することは不可能だと思う。教員の何を見 て判断するのでしょうか。大反対です。
677.管理職がすべての教員一人ひとりを客観的かつ公平に評価できるはずが無い。そ の理由@管理職として適していない方がいる。A管理職といえそれぞれの価値観、考え 方、感情に左右されるため。(大人の世界にも気に入る、気に入らないがある)
678.管理職による評価が正しく行われるか疑問である。
679.特に管理職と話すわけでもないのにどのような観点で評価されるのかな?反りの 合う人,合わない人、人が人を評価できるのかな?
680.自らが課題を持ち、取り組んできた内容は生徒に対して結果として現れる。生徒 の指導に対しての結果を見ないで、その教員の特性能力をどのように判断するかを問い たい。
681.教員間の仲が悪くなるので導入すべきでない。
682.学校によっても違うため画一的に評価することは危険である。
683.もともと評価制度には欠陥があり、やる気や活性化を求めるのには無理がある。 と、経済産業省の諮問にある。
684.管理職の知らないところでの教員の努力が評価されないのではないか。すべての ころが公平、公正に評価できるとは限らない。それを給与に反映させるのはおかしい。
685.教員間の連携が大切だと思うので、ノルマやリストラのように比較する評価はよ くない。
686.教職員に無駄な仕事を増やすだけである。年間の目標を設定するなら、分掌や学 年会など集団としての目標や達成度を論議して決定すべきである。
687.資質向上に役立つ制度にすべきで、役職者の評価の必要の方があるのでは・・・ 全体で教育を考えていくことが大切。
688.自己主張が激しく、目に見える成果が上がることのみ取り組む教員を、良い教員 としてとらえるのが国や県の考え方だとしたら、そんな背中を見て育つ生徒が社会人に なる社会は、弱者に優しい社会ではないな、と思う。
689.人を評価するということは、個人の長所・短所を全て知り得た上でできることであって、管理職が一人一人を全て知ることは不可能に近いので、評価するということも不可能ではないか。
690.教職員が目標を立てて1年を迎えるということは良いことだとおもうが、その成 果として目に見えたり、数字に現れたりするものをもって評価するということに、何の 意味も感じない。また、評価する者が(この難しい教育という場で)神以外で正しい評 価ができるのか。
691.教育目標を自分の中で明確化、計画的に実践していく意味では資質向上になると 思うが、教師の能力を査定し給料に反映していくことは、客観的な裏付けをもってでき ないのが、教育という職域だと思う。
692.妥当な評価は大変難しいのでやらない方がいい。
693.そもそも必要ない。現行制度で十分。
694.この業種に民間の論理である評価制度をもち込むこと自体がおかしい。子どもの 発達は、多種多様であり、特に、特別支援学校では、目標を設定したところで子どもの 発達は非常にゆるやかであり、手に取るようにわかる様なものではない。目標設定など は”あぶない1人よがり”を生み、生真面目な人は苦しむことになる。校務は別として も、子どもの成長に自らノルマを設け、ABCなどの成果をあてはめることはナンセン ス以外のなにものでもない。ましてや、自分以外の人がそれを評価することなど考えら れない。そうなれば職員間に暗く、お互いに疑心暗鬼な気持ちが蔓えんする職場になっ てしまうのは必至だ。
695.チームワーク(教員間)が崩れる。知っている技術の出しおしみや後輩や困って いる同僚へ協力を差しのべることがなくなる可能性がある。
また、教育にとって助け合いや仲間を大事にする友情、人間愛は必要不可欠なことで あって、子どもは教師間での言動にはとても敏感。手本となる教師が、自己の評価のこ とばかり考えていては、子どもからの信頼も失う。
さらに、正しく評価されないような気がする。以上のことから反対です。
696.企業内で実施されている自己申告や評価を全人教育を行おうとする学校の場に持 ってくるには無理がある。生身の子どもたちの成長は、短い期間で評価できるものでは ないし、教師自身、自分に対する他者からの評価を大切にするような者がいれば、それ こそ問題である。
697.廃止すべき!!学校教育を荒廃させることは明らか!!
698.教育は数字であらわされるものではありません。
699.教材準備、研修、保護者との連携など、学校(勤務時間)外で行っている事も多 くある。このような事も含めて評価されることは難しく感じる。
700.教育現場に評価制度を持ちこんで、それで教師のモチベーションが上がると考え る発想が理解できない。
701.「給与への反映」というのが気にかかる。たくさん給料をもらいたい→管理職に よく思われたい。これが子どものことを考えた職務→上司にこびへつらった職務に片寄 りかねないことを危惧するから。
「格差社会」とか「勝ち組・負け組」といった構図を教育現場でも具現化してはならない。
702.一人ひとりの教員が自分自身で目標を立て、具体的な教育活動を考え、自己評価 を(時に他者からの評価をしてもらいながら)していくことは、必要だと思いますが、 管理職から評価され、それを給与に反映される形で行うことに、有効性は全く感じない。703.教育の現場に公立を至上とする市場原理主義、競争原理はなじなまい。我々は、 すぐに役立つ製品を作っているのではない。人間を作っているのである。人間とは非合 理、非効率な存在である。市場原理は闘いとストレスの世界。教育には人間の情緒や穏 やかな心の醸成が根本的に望まれる。